乱れたパレットに筆を置き、肺いっぱいに吸い込んだ空気を吐き出す。自然と抜けていく肩の力に比例して、酸素が全身を巡る。こんなにも気を張って向き合っていたんだなと、ただ色が乗っているだけの画用紙をそっと破った。ビリビリと鼓膜を突くざらついたそれは、まるで心が裂けていく音のよう。
高校一年生の時、秋のコンクールで最優秀賞を受賞した。もちろん全国を揺るがすような催しではない。それでも性別年齢問わず、県が主体となって執り行うそれは、絵画に関心のある全宮城県民にとってひとつの目標であり憧れだった。つまり“受賞する”ということは、この上なく名誉なことだった。
受賞作品は豪勢な額縁の中、今でも文化会館の入口で悠然と来客を迎えている。歴代の受賞者が並ぶネームプレートの列内、一昨年の枠には当然、私の名前が在る。
あの時は嬉しかった。自分でも上手く描けたと思った絵が讃えられて、あなたの描きたいものは間違ってなかったんだよと認めてもらえたような気がした。あまりに眩しいスポットライトでさえ、私を肯定する輝かしい栄光の証明だった。
それが今やこんなザマだなんて、全く笑えない。
燻って半年、焦って一年、喪失を抱いて早二年目。春夏秋冬を巡っても尚、冠された名声はたったの一度きり。
今年のコンクールも数ヶ月後に迫っているというのに、そもそも描きたいイメージさえ曖昧なまま、形にできていない。何枚彩ろうと、どれだけ色を作ろうと、自分の指が生み出すすべては、たったの少しも息衝かない。
「……はじめ」
四角い窓の向こう側。陽の光を跳ね返す真っ白な体育館の中、今日も汗を流しながら声を張り上げて頑張っているだろう彼を想う。
会いに行ったら怒られるかな。迷惑かな。休憩の間に少しだけ、もしくはお手洗いにと出てきたタイミングを待って、ほんの三言言葉を交わすくらいは許されるかな。
ちょっと顔が見たくなってと伝えたら、彼はなんて言うだろう。そうかって照れるかな。なんだそれって笑うかな。んな面白いモンでもねーだろって呆れるかな。ああ、どれも素敵だなあ。
なんでもいい。はじめの声が聞きたい。あわよくば指先一本でいいから触れてみたい。もっと贅沢を言うなら、その厚い手のひらでいつもよりうんと乱暴に掻き撫ぜて欲しい。お疲れさんって言って欲しい。
俯いて、目を閉じる。景色も音も絵具の匂いも今は要らなかった。私を取り巻く否定的因子を排除して、ただひたすらに彼を想う。
会いたい。一目見るだけでいい。このままここにいたって今日はもう―――ううん、今日だってもう、何も描けやしない。
目を開ける。紙屑と化した残骸はゴミ箱へ。パレットと筆は綺麗に洗い流し、片付けた画材と共にロッカーへさようなら。鍵とスマホをスカートのポケットにすべり込ませて忘れ物がないよう確認してから、美術室を後にした。