無力な少女



 抜けるような青い空、揺れる葉音と蝉の声。息をする度、空気に混じった湿り気が鼻腔に残る。ぬるい風が頬を撫でる。

 夏だなあ。

 ぼんやり思いながら日陰を伝って体育館へ。こんなに暑いのに冷房を切っているのか全開の裏口から館内を覗けば、明るいペールグリーンが幾つもはためいていた。


 けれど残念ながら、はじめの姿はなかった。手前の壁際にでも座っているのか、どこかへ出ているのか。あいにく館内に顔を出してまで探そうとは思えず、大人しく諦める。
 やはりそもそも邪魔はしたくなかった。どうせここでじっとしていれば、その内、声くらいは聞けるだろう。

 壁を背に座り込む。引き寄せた膝に額を当てて、肺に溜まった熱気を逃がす。


 ナイスキー、ナイッサー、カットー。聞こえてくるのは特有の掛け声とスキール音。それからボールを打つ音と弾く音。
 蝉の声を遥かに凌駕するその熱量が、なんだろうな。今はどうしようもなく痛い。はじめがそうであるように皆バレーボールが好きなんだなあと思えて、そうしたら、自分の醜さばかりがどんどん浮き彫りになってきて。ただ描くことが好きでしかたなかったはずの頃が、どうしたって思い出せない。擦り切れて摩耗した心が、ただ――。




「みょうじ?」
「、」


 斜め後ろ。教室でよく耳にする声に顔を上げる。
 明るさが戻った視界の中でこちらを見下ろす松川は途端にぎょっとして、それから「岩泉!ちょっと!」と、隅にいたのだろうはじめを呼んだ。なんだどうしたと駆けてきたはじめもぎょっとしたあたり、今の私は、よっぽどひどい顔をしているのだろう。

 急に恥ずかしくなって、でも、はじめの姿を少しでも長くこの目に留めておきたくて、苦し紛れに「ごめん」と微笑んだら「表で待ってろ。すぐ行くから」とやけに真剣な顔付きで促された。二度首を横に振ったのだけれど、結局「いいから」と押し切られ、彼の姿が四角い枠から消える。


 ああ、やってしまった。そうだ。はじめがびっくりするくらい優しくて、誰より私の機微に敏いことをすっかり失念してしまっていた。ボロボロかもしれないひどい顔の私を放っておけるわけがないことくらい、分かっていたのに。
 顔を合わせるんじゃなかったなあ。でもやっぱり嬉しくもあるのだから、私ってほんと、どうしようもない。


 自己嫌悪を抱きながら、松川にお礼を告げる。


「呼んでくれてありがとう」
「どういたしまして。たぶん靴履き替えてるだけだから、早く行きな」


 いつもの八の字眉毛を更に下げて、ちょいちょいと左を指した彼に頷く。

 正面入口前、広々としたそのコンクリート敷スペースの端っこを踏んだ時、丁度スニーカーを突っかけたはじめが出てきた。急いでくれたのか、めずらしく踵を踏んでいた。



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