無骨な手が頭に添えられ、丸みに沿ってゆるく動く。頭頂部から後頭部をすべり下り、一旦離れてはまた戻ってきて撫でていく。時折髪を梳く指がたどたどしいのはご愛嬌。撫で方ひとつにさえ多分に含まれる彼らしさが、ささくればかりの脆弱な私をなだらかに甘やかす。
「コンクール、さ」
「おう」
「もうすぐなのに、何も描けなくて……諦めたくないのにダメで、描くのも楽しくなくて、受賞ばっかり意識してる自分が嫌で」
「……ん」
「そしたら、会いたくなった」
宥め続けてもらいながらようやく吐き出せた胸の内は、反芻することさえ恥ずかしいくらいの甘ちゃん思考で、やっぱりみっともないと自嘲した。
洩れた苦笑を引き連れて、いつの間にか握り締めていたはじめのTシャツを離す。謝ろうと拭った視界を持ち上げる。でも、はじめは全部受け止めてくれるらしい。
「ごめんはナシな」
なんでそんなに優しいかなあ。言いたいことが、どうしてすぐに分かるんだろう。謝らなくていいだなんて、みっともない私でもいいと言っているようなものだ。それを呆れもせず、どころかちょっと嬉しそうな顔で言うなんて。
どうしよう。嬉しくって愛しくて、感謝が溢れて胸が詰まって、なんにも言えない。
今度ははじめが私の後頭部を引き寄せた。視界が遮断されて暗くなる。
不思議だね。ひとりで膝を抱えた時もこんな暗闇だったのに、はじめに与えられると全然違う。
「ひとりでよく頑張ったな」
大好きな匂いと温度と声。それから私が欲しかった言葉に包まれる。
「絵のことは分かんねえけど、上手くいかねーのも結果求めんのも、何かやってりゃ普通なんじゃねえか。俺も結構昔からバレーやってっけど、辛酸なめてばっかだ」
おまえも知ってんだろって口振りに、白鳥沢が脳裏を過ぎる。
少なくとも小学校から傍にいて、もう十二年ほどになる。もちろん辛いことも悲しいこともたくさんあって、それこそ今の私みたいにぽつぽつ心境を吐露してくれたことだって片手じゃ足りない。決して一度や二度じゃない。痛いほど知っている。中学三年の時、はじめが泣いた日のことだって、覚えている。
「なあ、なまえ」
まるで幼子に言い聞かせるようにぎゅうっと抱き締められて、心臓が跳ねて、思考が止まる。
「ちょっと休憩しろ」と、はじめが言う。「そんな自分責めることねーよ。誰だって躓く」と、惜しみなく注がれていく思いやりに呼吸が震える。
「安心しろ。おまえの絵もおまえも、俺はちゃんと好きだからな」
懐かしい響きだった。絵を描き始めた当初の私が私の中で微笑んで、絵の具が滲んでいくようにじんわり広がる温もりに涙する。
受賞するためじゃない。認めてもらうためでも、肯定してもらいたいわけでもない。あの頃はただ、上手だね、と褒めてくれる両親の笑顔が見たかった。まだ単なるご近所さんだったはじめの、なんか好きだな、が聞きたかった。ただそれだけの想いで画用紙を染めていた。
私の色に、誰かが好きだと笑ってくれる色に、はじめの色に――。
心臓が左右で脈を打つ。はじめと私の音が重なる。もう、ひとりじゃない。私は私を見失わない。
「ありがとう」
「元気出たか?」
「うん。ありがと。好き」
「……おう」
「今ドキッとした?」
「わりぃかよ」
さっきとは打って変わってぶっきらぼうな声に「そういうとこも好き」と言えば「そんだけ俺で遊べんなら大丈夫だな」と、太陽みたいに笑ってくれた。
夏の乾いた風が吹き抜けた。
あなたと息ができる世界の
なんと色鮮やかなことか。
fin.