「それは全然……んなことよりどうした。何かあったんだろ」
再度開いた私の唇から洩れたのは、けれど、吐息だけ。
おかしいな。何か言わないとって思うのに、頭が真っ白で言葉が出ない。さっきまであんなに浮かんでいたあれこれは、しゃぼん玉のように消えてしまった。最早何も要らないとさえ思う。決してか弱くはないはずなのに、いざはじめを前にすると、どうもダメらしい。
喉が詰まって、じわり。鼻がツンとして視界が滲む。
「……、」
眼球のずっとずっと奥で熱が広がっていく。せめて抑え込めれば。そう瞼を下ろした瞬間、意思に反してこぼれ落ちたのは、ぬるい温度だった。つ、と頬を伝ったそれを慌てて拭ったところで、もう遅い。
「っ、ごめん」
はじめが息を呑んだことが分かって、私はまた、謝罪を繰り返す。
おかしいな。こんなつもりじゃなかったのに。こんなはずじゃなかったのに。これじゃあまるでみっともない。ただ泣くだけなら、産まれたばかりの赤ん坊にだってできる。
自分の爪先を映しながら、ろくに回らない頭で言い訳を探す。ちょっと風が沁みて、目にゴミが入って、あとは何があるかな。
そんなことで『何かあったんだろ』と、断定的な言い方をしたはじめを誤魔化せるだろうか。誤魔化そうだなんて、そもそもひどい話だろうか。勝手に会いに来て勝手に安堵して、慣れないながら精一杯寄り添ってくれようとしている彼に、応えるどころかなんにも言えない。素直に甘えることさえ下手くそで、縋ろうにも気が引けて、後にも先にもどこにもいけない。
ぽたり、ぽたり。
重力のまま、コンクリートを染めゆく涙がひどく憎い。
「……なまえ」
「、ごめ、」
「だからいいって。目ぇこすんな」
大きな手に手を捕らわれる。汗を気にしてか服の裾でゴシゴシ拭かれた後のそれは、いつも優しく温かい。
おそるおそる顔を上げれば、心配そうな猫目がすぐそこにいた。
「わりぃ。気の利いたこと全然思いつかねえ……から、もし今俺にできることがあったら言ってくれ」
とてもはじめらしい言葉だと思った。余計なことを考えてしまう私の悪い癖を十二分に理解した、どこまでも真っ直ぐな言い方。
「何かあるか?」
躊躇いがちに、けれどしっかり握られた手が、愛しさを掻き立てる。
好きな人のすべてが、今こうして何もかもを差し置いて、私のためだけに存在してくれている。そんな夢みたいな幸福が私の心を満たしていく。見たこともないくらい鮮やかな色で世界を彩っていく。
「迷惑じゃ、なかったら」
「おう」
「ぎゅってしてほしい、です」
「、」
ぱちぱち。数回瞬いたはじめは「あー……」と視線を逸らした後「たぶん汗くせえけど、それでもいいか」と、ちょっと照れくさそうに腕を広げた。