唯一自分を褒めてあげられるとしたら、そうだなあ。上司に対する、来週の休みを明日に振り替えてもらう申告を忘れなかったことかな。
なんせ洗濯も回せていないし、玄関の鍵もたぶん開けっ放し。冷蔵庫は空っぽで、スーツもカバンも靴も脱ぎ捨てたまま散らかっている。起き上がろうにも脳がぐわんと揺れてしまうから―――あ、ダメ、吐きそう。
万が一を考えて、近くのゴミ箱をベッド脇に手繰り寄せる。サイドテーブルの引き出しから取った体温計を脇に挟んで待つこと数分。ピピピピッと響いた音に、重い瞼を押し上げた。
「まじか……」
三十九度二分。見間違いかと思ったけれど、どれだけ目を凝らしてみてもデジタル画面の数字は変わらない。できることなら見間違いであってほしかった。っていうか、うん。そらしんどいわ。溜め息が出た。
せめて解熱剤を飲まなければ死んでしまうと、ベッドに両肘をつく。力を振り絞って頭を上げて、やっぱり揺れる脳は目を瞑ってやり過ごす。それでも起き上がれすらしないだなんて、もう泣きそうだ。
気分が落ちた途端にせり上がった胃酸がこぽり。なんも食べてへんくてよかった、なんてどこか他人事のように思いながら、さっき手繰り寄せたゴミ箱にひたすら胃液を吐く。嗚咽混じりに咳き込んで、その内床にずり落ちてうずくまる。
あまりの情けなさとしんどさが渦巻く中、朦朧としはじめた意識を手放した。
一体どれくらい気を失っていたのか。ぼんやり開いた細い視界には、見慣れた天井が映っている。漂ってくるいい匂いは、あたたかくて美味しそう。反対におでこと脇下は冷たい。
見遣ったサイドテーブルには、見慣れない冷えピタの箱があった。無造作に置かれたビニール袋から覗いているのは、目新しい薬と処方箋。
「っ!?」
驚きのあまり跳ね起きたけれど、脳が揺れて枕に埋まる。音を聞きつけたのか気配を感じたのか「大人しぃしときや」とキッチンから流れてきたそれは、ここにいるはずのない声だった。
さすがに高熱が出ていようと判別できる。付き合ってそろそろ九年目。つい先日、彼の店で三角おにぎりを頬張っている最中に「そろそろ籍入れへん?」とプロポーズしてきては、私の返事より先に「おもろい顔」なんて、あろうことか彼女のビックリ顔を見て吹き出した元恋人現旦那、宮治だ。
「あんた、店は?」
「バイトに任してきた」
「そうなん……え、なんでここおんの?」
「配達近くやったからついでにな。部屋散らかっとうしお前倒れとうし、寿命縮んだでほんま。調子悪いんやったらちゃんと言いな」
「ごめん……」
「ええよ。今はなんも気にせんとゆっくりしぃ」
「……なあ、この薬なに? 病院行ってくれたん?」
「まあ……おまえ死んどったから抱っこして連れてった。ごめんやけど勝手に着替えさしたで」
「あー……どうも」
「一応雑炊作っとうけど食えそうか? まだ胸悪い?」
「や、いけ……あー……。待って、とりあえず起きるわ」
「ん。無理しぃなや」
ゆっくり、ゆっくり。時折動きを止めながら、頭を揺らさないように上体を起こす。
治が持ってきたのは、ほかほかの湯気がくゆる卵雑炊とコップ一杯の水。それらが乗ったお盆をローテーブルに置き「いけるか? おいで。凭れる方が楽やろ」と、あぐらを掻いた膝の上に私を招いてくれた。