春を攫う風が吹く



 今年も合唱コンクールの季節がやってきた。近所のホールを貸し切る梟谷学園の名物行事だ。伴奏者がひとりと指揮者がひとり、後はソプラノとアルトに分かれ、夏休みの少し前から練習が始まる。
 指揮者を決めるのは、毎年クラスのムードメーカーが立候補するので苦労しない。ガヤガヤ賑わう教室内で、教壇に立つ実行委員が黒板にチョークをすべらせる。問題は、次の伴奏者。


「じゃあ伴奏やりたい……っていうか、出来る人いるー?」


 喧騒が一瞬にして凪いだ。振り返った実行委員の視線から逃げるように、各々周囲を窺い始める。
 そこそこ熱量がある行事の、もしかすると一番重要かもしれないポジションにふざけて手を挙げる生徒はいない。それでもピアノが弾ける人はいるだろう。そう考えていたのだけれど、どうやらこのクラスにはいないらしい。

 手が挙がらない中、斜め前の明るい髪が振り向きざまに私を呼んだ。


「みょうじさん、やらねーの? 今年」


 びっくりした。最終学年で初めて同じクラスになっただけ。ほとんど話したこともない。そんな木葉から親しげに指名されるだなんて思いもよらず、瞠目する。返す言葉が浮かばない。どころかクラス中の視線が集まってきてなんとも心地が悪い。
 目立つのは好きじゃなかった。


「そういえばみょうじさん、毎年伴奏やってるよね。他にいないみたいだし、いいかな?」
「……うん、私でよければ」
「ごめんね。ありがとう」


 申し訳なさそうな実行委員に微笑んでみせる。黒板に記されていく自分の名前をぼんやり眺める。
 一瞥した先の木葉はもう前を向いていた。



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