私も部室に行かなきゃなあ。合唱曲の譜面があったか見ておかないと。
机横のフックにかけてあるカバンを取ろうと身を屈め、ふと気づく。視界に現れた上履きが私に向かって止まった。
瞬き二回分驚いて、おそるおそる視線を上げる。
黒いスラックスに銀色のバックル、白いワイシャツと青いネクタイ。明るい色の癖のない髪。木葉だった。
眉を下げ、きゅっと口を引き結ぶその表情に、瞬きを三回追加する。
「さっきの、ごめん」
「え。何が?」
「何がって、伴奏。断れなかっただろ」
「あー……でも木葉のせいじゃないよ」
「いや俺のせいじゃん。完全に」
本当はやりたくなかったんじゃねーの。まるで罪悪感を逃がすように短く息を吐いた木葉には、しょんぼり垂れ下がった耳と尻尾が見えるようだ。
正直なところ、私の中の木葉のイメージは良くなかった。つるんでいる部活仲間はキラキラしているし、派手めな女の子達といるところもよく見掛ける。飄々としていてチャラくて軽そう。でも、思い違いだったな。
「気にしないで。元々誰もいなかったら立候補するつもりだったし、べつに嫌じゃないよ」
そう。べつに伴奏者を務めることが嫌なわけじゃない。ただ、目立つことが得意じゃない。ピアノもあまり好きじゃないから、誰か弾ける人がいるなら任せたかっただけ。木葉が言わなくたって、たぶん私に声が掛かっていたと思う。しかたないことだって分かってる。
「ほんとごめん」
「大丈夫だって。私こそごめんね」
「なんでみょうじが謝んの」
「謝ってくれたから」
「えっと……?」
「木葉、何も悪くないのに謝ってくれたでしょ。だからおあいこにしようと思ったの」
本当は、素直に謝ることが出来る良い子な木葉に対して勝手に悪いイメージを抱いていたお詫びを兼ねていたけれど、まあ知らなくていいことは言わないでおく。
面食らったのだろう木葉は笑った。
「変わった奴だな」
どうやら彼の中に巣食っていた罪悪感は払拭されたらしい。沈んでいた空気が浮上して、穏やかに凪いだ。