終わりも始まりもひとりだけ



『何の?』とか『どんな?』とか。てっきり何か聞かれると思っていたのに、静謐を携えて返ってきた言葉は「人使って変わってるね」。決して嫌な響き方をしないのは、拒むためのものではないからか。なまえの声はいつも不思議な重力をもっていた。角張っていて淡白で冷たくて無気力で、なのに、絶対的な形をもたない。押せば凹んで、弾けば落ちる。


「お互い様だろ」
「そうだね。でも私はすぐ諦めるよ」
「食い下がりすぎだって?」
「まあ……うん」
「ごめん。けど、あんただからだよ」


茜色が深まる中、伏せった瞼の内側が見たいと思う。

そんなに綺麗じゃなくていい。ありのままで十分。“洗脳”なんて敵向きの個性を持つ男と話し合えるだけの強さがあって、それくらいの信頼を置くことが出来ている。だから別に、彼女は彼女が見積もっているほど低い人間じゃない。濁ってなんかいない。無理はしなくていい。取り繕う必要もない。優しくしないでほしいって言葉の側面を、もしくは裏側を。優しい彼女の切っ先を、見せてほしいと思う。


「そのままでいて」
「……」
「今まで通り……もうちょっと遠慮しないでくれると有難いんだけど、まあ、今まで通り。一週間とか十日とか」
「とりあえずのチャンスが欲しい?」
「うん」
「私、そんなに想ってもらえるような女じゃないよ」
「俺だって、こんなこと言える立場にない男だよ」
「……そう……そうだね」


少し詰めすぎてしまったか。目元を隠す彼女の前髪をそっと流した先。覗き込んだ瞳は、泣いていた。今にもこぼれそうな水滴が長い睫毛に弾き出される。数秒にも満たないほんの一瞬。一等綺麗なその光景を瞼の裏へ仕舞いながら頬を伝う光の筋を拭ってやれば、今日初めて動いたなまえの両手が俺の片手を握った。まるで祈るように、狭い額が当てられる。


「十日間にしよう」


そう呟いた声は到底同意を求めているように聞こえず、まるで独り言のよう。どう返そうか迷った末、結局「有難う」とだけ告げて華奢な指を撫でる。涙を引っ込めたなまえは「帰ろっか」と、眉を下げて笑った。




終えるための十日間

始めるための十日間


fin.




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