手にした安寧



ふ、と意識が浮き立った。冷房の効いた静かな室内。程よく冷ややかな風が、ごうっと音を立てて肌を撫でる。私を抱いたままの人使は、人肌の温度を保ったまま。


「………」


今、何時かなあ。

息をする度、嗅ぎ慣れた柔軟剤の香りが鼻腔を抜けて、すっかり欲張りになってしまった肺を満たす。薄いTシャツ越しに“もっと”って鼻先を擦り寄せた胸板は存外厚く、絡まったままの脚も、背中に回っている腕も、手探りで触れたお腹も、全部無駄なく締まっていた。毎日毎日、弱音ひとつ吐かずに邁進している成果だろう。

気だるげな風貌がどうもそうとは思わせないけれど、そもそも人使は根っからの頑張り屋さんだった。おまけに我慢強く、多くを望まない。これっぽっちの贅沢さえ、あんまり言わない。迫りに迫ってようやっと遠慮がちな“こうしたい”が出てくるくらい。だから時折、私の我儘を聞いてもらうことで均衡を図っている。彼が胸に秘める思いとは、大体イコールで繋がってしまえるのだ。

例えば今みたいに、こうして私が“一緒に眠る”って贅沢を叶えてもらっていることで、彼もまた、安寧を手に眠ることが出来ている。何を言わずとも互いが互いに幸福であることを窺い知れる関係性っていうのは、純粋に心地がいい。


「ん……」


小さく身じろいだ人使の手が、腰まで掛かっていたタオルケットを引き上げた。寒いのかなってリモコンの在処を思い出そうとして、けれど、私の肩を覆ったところで止まったそれに可笑しくなる。

何だ、私のためか。そんなに冷たくなっている自覚はないのだけれど、ちょっと気になったのかなあ。

もしかしたら無意識かもしれない。まだ夢の中なのかもしれない。さっき聞こえた、声とも吐息ともとれるたった一音では、起きたかどうかなんて分からない。


「人使」


呟く程度に呼んでみれば「……なまえ」と、眠気を孕む少々掠れた声が返ってきた。起きているらしい。

節張った長い指に髪を梳かれ、ゆったり顔を上げる。暗闇で生きることに長けている両の眼が輪郭を映し、声同様、眠そうに開くその瞼さえ鮮明に捉えた。



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