おそるおそる顔を上げれば、人一人分空けたはずのそこに轟くんが手をついていて。「してくれただろ」と言い聞かせるように紡がれた声は、温もりを宿していた。
「細かいことは思い出せねえけど、あの時歌ってくれた人が優しかったことは良く覚えてんだ」
ふ、と微笑んだ彼のひんやりした指先が片頬を滑り、大きな手のひらに覆われる。目尻をするする撫でる手付きは、まるで壊れ物を扱うかのよう。まるで宝物を愛でるかのよう。
まるで、溢れてもいない涙を拭うかのよう。
「どん底にいた俺の光だった」
「……」
「だから謝んねえでくれ」
幼い焦凍くんの笑顔が、目前の轟くんと重なる。
「ありがとな、なまえ」
まさかあの頃みたいに名前で呼ばれるだなんて、なんだかちょっと気恥ずかしい。いつだって相反する感情が漂っていただけの心を並々満たす幸福感が、淡い熱を掻き立てていく。
悪い夢は、もう見ていないのだろうか。私が食べた彼の夢を思い出しながら、傷付いた左側へ。彼が今、私にそうしているように、そっと手を添える。
「私こそ、覚えててくれて有難う。焦凍くん」
ああ、何でだろう。
嬉しくってたまらないのに、泣きそうだ。
「また聴きてえ」と、
少し恥ずかしそうに望んだ。
fin.