胸をひらけ



降り立った沈黙。夕陽に染まった金色の芝生が、視界の端でさわさわ波打つ。こんな風に呼び出されたのは初めてだった。二人っきりの空間も、並んで話すことも。


「初めてじゃねえよな?」
「え……?」


一瞬、心を読まれたのかと思った。驚きに洩れた声が、彼の真っ直ぐな瞳へ吸い込まれる。あの頃よりも大人びたそれは、ひどく澄んで見えた。

胸の内をじんわり覆うあたたかさは、たぶん安堵。救えなかった轟くんが誰かによって、あるいは彼自身の力で、今ここにいる。こんなに綺麗な眼をしている。寂しげな様子はない。歪んじゃいない。そんなことが嬉しいと思う。嬉しいと思ってしまうことが、哀しいと思う。


言葉を選ぶように逸れた視線。「何が?」と助け舟を出せば、形のいい唇が動いた。


「みょうじと俺、前に会ったことあるような気がして。違ってたらわりい」
「……」


どう、答えるべきか。

私が肯定したとして、初めましてではなかったとして、じゃあ轟くんは、それを確かめてどうするのか。そもそも聞かなければ確定出来ないほど曖昧な記憶が、彼にとって"良かったもの"に分類されている保証なんてどこにもない。もしかしたら恨み言の一つや二つはあるかもしれない。だって、救えなかったのは私の方。


頭の中で模索する。
何度も振り返る幼い顔が、脳裏をちらつく。


でも結局、嘘は吐けそうになかった。人違いだと逃げたところで、また私の胸に似たような小骨が引っ掛かるだけ。清算した方が良い。あの時、縋るようだった眼差しに手を振ったこと。不安を拭ってあげられなかったこと。一緒に行けなかったこと。今の透明な轟くんがいることで、救えなかった私に罪はないのだと安堵したこの醜さも。言われなければ卒業まで初めましてのままだっただろう弱さも。たとえ許されなくたって、謝りたかった。


「あるよ。会ったこと」
「唄……歌ってくれたよな?」
「うん。まだ小さい時に、病院で」


色違いの双眼が瞬く。


「ごめんね。私全部分かってたのに、何もしてあげられなかった」


ごめん。ごめんね。焦凍くん。



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