「……はい」
「顔上げろ」
「……結構残酷なこと言うね」
「みょうじ」
「……」
くゆる煙の中。今度は吐息だけをこぼして、震えそうな涙腺を引き締める。大丈夫って言い聞かせながら、もう一度顔を上げれば、すぐそこに相澤さんの瞳があった。
唇に残ったのは、カサついた感触と煙草の味。それからほんのり、お酒の味。
ぽとり。煙草が落ちる。
突然のことに思考が追いつかず、ただただ固まる私に、相澤さんは「良く見ろ。もう三十のおっさんだぞ」と苦笑した。
「お前から見た俺はさぞ出来た人間なんだろうが、あいにくそうじゃない。お前以外を優先しなくちゃならん時もある」
それでもいいのか、なんて、ずるい。
ずるいよ、先生。
そんなの、たった今好きですって伝えた女に、キスをしてから聞くことじゃないでしょう。
答えないまま、先に放心状態から抜け出した腕でめいっぱい抱き着く。細く見えてがっしりした体。ずっと触れたかったその胸元に鼻先を擦り寄せれば、恋しさばかりが募って、溢れて、どうしようもなくなって。やっと震えることを思い出した声帯で「なんでもいい」と縋る。
降ってきたのは吐息。緩やかに抱き締め返してくれた相澤さんは「変わった奴だな」と笑った。どこか嬉しそうなその声に、少しずつ平静を取り戻した頭へ浮かんだのは、小さな疑問。
「相澤さんはいいの?」
「ん?」
「私でいいのかなって」
「何だ、そんなこと気にしてんのか」
可愛いとこもあるんだなって、大きな手にくしゃくしゃ頭を撫でられる。それだけでつい流されてしまいそうになるけれど、私が聞きたいのはそんなことじゃない。基本的に受け身でいてくれる、その心の内が知りたかった。
真上にある瞳をじいっと見つめて、言葉を待つ。きっと、言わんとしていることが分かったのだろう。片眉を下げて困ったように息を吐いた彼は、私の後頭部を引き寄せた。ぽすっと顔が埋まり、視界は真っ暗。でも、いつもよりはっきり聞き取れた低音は、私の望んだままの答えをくれて、ほんの少しの照れを孕んでいた。
「俺も気になってたよ。お前のこと。じゃねえと、わざわざ体を気遣ったりしない」
好きだ、って言葉が胸に沁みる。全身に広がった甘やかな熱が、涙腺を刺激する。ああ、そっか。
不器用なあなたの
精一杯の愛情だったんだね。
fin.