ぼくがきみをさらいましたって



私が言葉を探している間、弔くんは黙って待っていてくれた。こんな真剣に向き合ってくれるなら、もう少しマシな話題を用意しておくんだったなあ。軽い子守歌代わりにしてくれれば良かったのに、もう眠くないのか。


「どうでも良くない弔くんになら、何されたっていいよって話かな」
「見上げた奉仕精神だな」
「優秀な駒でしょ?」
「自分で言うな」
「ふふ」


思わず笑うと、氷だけになったグラスが押し付けられた。そうしてごろりとベッドへ寝転がった背中が、子どもみたいに丸くなる。抱き枕にされたって、最悪殺されたって別に構わない。そういう意味も込められているのだと、彼は気付いただろうか。

触れたくなる衝動を抑え、上がるなって言い付けを大人しく守ったまま、コーヒーを飲み干す。洗いに行こうと立ち上がった瞬間、くんっと服の裾を引かれて逆戻り。「何?」って振り返れば「どこ行くんだ」なんて、意外な台詞。


「洗いに行こうかと思って」
「後でいいだろ、そんなの」
「そう、だけど」
「そこに居ろ」


言われるままに腰を落ち着けて、両手のグラスは、とりあえず脇のテーブルへ置いた。


彼の人差し指は、未だ服に引っかけられたまま。怒られないか窺いながら、そうっと手のひらへ触れてみると、一瞬だけ。本当に一瞬だけ、小さく震えた。振り払われることはなかった。触れ合っている皮膚から互いの体温が滲み始めても、そのまま許容され続けた。

そっぽを向いている彼の心情は分からない。けれど、傍に居ろと引きとめるくらい、私を必要としてくれていることだけは確かで。それが無性に嬉しくて、たまらなくて。


ごつごつとした、男の人って感じの大きな手を握る。

いつか握り返してくれたら。いつかこの手が、落ち着いて眠れるお守りのようになれたら。いつか私が、心の拠り所になれたら。そんなたくさんのいつかを祈りながら、ただ、彼の安らかな眠りを見守る。


「おやすみ、弔くん」


fin.




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