君を喰らわば骨まで



降りた沈黙を最初に破ったのは、彼の長い溜息だった。


「なまえ、こっち向け」
「……今ひどい顔してる」
「安心しろ。たぶん俺もだ」


意外な言葉と緩やかに髪を梳き始めた優しい手に促され、おずおず顔を上げる。
私を見下ろす荼毘は、困っているような、呆れているような、嘲っているような、喜んでいるような、愛おしんでいるような、色んな感情が交錯した、なんとも人間くさい顔をしていた。

「な?」と言った彼は、苦笑をこぼす。私の腰に手をそえ、降ってきたキスが愛おしい。
その首へ腕を回して縋ってみれば、易々と抱き上げてくれたあたり、どうやら怒っているわけではないらしいと知る。それならその表情は、いったい何を示唆しているのか。




「なまえ」


絆すように吹き込まれた心地良い低音が、鼓膜から全身へ滲む。なだれ込んだベッドの上で、交わした視線。

今にも崩れてしまいそうな皮膚を出来るだけ優しくなぞって、好きと言えない代わりに「荼毘」と応える。私の首筋へ顔を埋めながら、ゆったり脱力した体重を抱き締める。まるで大きな猫。


「適当に遊んでやるつもりだった。都合が悪くなれば薪にすりゃいいって。それが今じゃ、このザマだ」
「………」
「お前に触れてると、安心する」
「……荼毘、」
「なまえ」


遮るように呼ばれた名前。

ぎゅうっと強く抱き締められ、ずうっと欲しかった言葉が、耳元でこだまする。言いたくても言えなくて、強請るような真似も出来ずに押し殺していたシンプルな言葉。


「お前が好きだ」


目尻からこめかみへ。
つう、と伝った涙をそのままに、彼の背を握る。


「ねえ、」
「ん……?」
「夢みたい」


あなたがいない夜は、この温もりを思い出しながら眠った。あなたがいない朝は、寂しくて死にそうだった。あなたがどこの誰であっても、たとえ道を踏み外していたとしても、そんなのどうだっていい。


「私も、っ、好き……」



代わりの言葉はもう、
探さなくていい。


fin.




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