あなたの夜が悲しそう



深夜の屋上。
寝静まったハイツアライアンスはとても静かで、校舎も草木も眠りについている。明かりのない地上から見上げた空にはたくさんの星が輝いていて、ちょっとしたプラネタリウムを独り占め。そんなところへ背後から聞き慣れた声が飛んできたものだから、思わず心臓が跳ねた。


「んなとこで何やっとんだ」
「……爆豪くんこそ、何しに来たの?」
「先にこっちが聞いてんだろが」


こぼされたのは、舌打ちひとつ。
いつものようにポケットへ両手を突っ込んだまま歩み寄ってきた爆豪くんは、私の隣へと腰をおろした。


「目が覚めたから来てみただけだよ」
「眠れねえんか」
「そんなことないけど」
「下手な嘘ついてんじゃねえ」


ぐしゃぐしゃと髪をかき撫ぜられる。
相変わらず女の子相手とは到底思えない手付きだけれど、この雑さ加減が好きだった。安心するとでもいえばいいのか。等身大でいてくれていることが伝わって、変に遠慮されるよりよっぽどいい。

それにしても、どうしてこうも容易く見抜かれてしまうのだろう。彼に出会ってからというもの、随分嘘が下手になってしまった自分自身に、苦笑がこぼれる。そう、眠れないのだ。ふっと目が覚めて、時計を見ればまだ明け方にすらなっていない時間で。もうひと眠りしようと布団に包まったのだけれど、なかなか意識が落ちてくれない。

仕方ない。夜風に当たれば、少しは眠くなるだろう。
そう思い至って、階段をのぼってやってきた。


「何でもお見通しなんだね」
「分かりやす過ぎんだヘタクソ」
「うん。頑張って上手くなる」
「アホか。そんままでいいわ。小細工すんな」


爆豪くんの不器用な優しさが、心の奥へと滲む。
二人っきりの空間でだけ、彼はひどく優しかった。

みんながいる時はあまり会話もしてくれないし、どちらかというと他人に近い距離間を保っている。もちろん、緑谷くんみたいに絡まれることも一切ない。そんなだから、私達のこの関係性は誰にも知られていないと思う。否、部屋には何度かお邪魔したから、もしかしたら爆豪くんのお隣さんくらいは気付いているかもしれないけれど、話題に出されたことはなかった。正直助かっている。私も人前でイチャつきたい方ではないし、私だけが知っている彼の一面を秘密にしていられる状態は、素直に嬉しい。でも近頃、少し寂しくもある。


「昨日、呼び出されてたんだってね」
「あ?誰に聞いた」
「聞いたっていうか、上鳴くんが羨ましがってたから」
「あのクソアホ野郎……」


眉間にシワを寄せた彼の左手が、パチ、パチ、と音を立てる。きれいな閃光が、視界の端で小さく唸る。
普段はあんなにいろんなものを吹き飛ばしてしまうのに、そんな風にも使えるんだね。

まるで花火みたいな手のひらを見つめると、しかめっ面の爆豪くんがこちらを向いた。光がやんで、ルビーの瞳に夜が落ちる。昨日の勇気ある女の子は、果たしてこの瞳にどう映ったのだろう。
体育祭あたりから、彼の人気は轟くんの次くらいに高くなっていた。靴箱にラブレターが入っていたり、昨日みたいに呼び出しを受けることも増えている。たぶんみんな、爆豪くんに恋人がいることを知らないから踏み出しやすい。


「可愛い女の子だったって言ってたよ」
「あいつは女ならどれでも可愛く見えんだろ」
「そうかな。可愛くなかったの?」
「覚えてねえ」
「そっか」


身も蓋もない物言いから、今回もばっさり断ったのだろうことが窺えて、胸を撫でおろす。

別に不安がる必要なんてないことは、とてもよくわかっている。どれだけ可愛いマドンナに言い寄られたところで、きっと爆豪くんは靡かない。私の何が気に入ったのかはさっぱりわからないけれど、彼はそういう人だ。ラブレターと思しき封筒も、よく捨てている。他人に興味などさらさらなくて、自分が認めた人以外の名前や顔を覚えることもしない。彼にとって、誰かに好意を寄せられることは、日常以上にどうでもいいことに分類されている。だからきっと、告白されても私に言わないのだろう。わかっているつもり。

でもやっぱり、落ち着いて眠れそうにない。


「そろそろ冷えてきたし、戻ろっか」
「寝れそうか?」
「わかんない。でも爆豪くんと話せたから満足かな」
「……次からは連絡寄越せ」
「起こすと悪いから遠慮しとく」
「ハッ、通知音くれえで起きるかよ」


立ち上がった爆豪くんにならって、私も腰を上げる。長いこと座っていたせいか、膝がぱきりと鳴った。


「起きてりゃ来てやっから言え。いいな?」


まるで念押しするように屈んだルビーの瞳に見つめられては、いいえなんて言えるはずもない。大人しく頷いてみせれば、満足したように離れていった。

二人で静かに階段をおりる。私は女子棟へ、爆豪くんは男子棟へ。
別れ際に交わした小さなおやすみは、胸の底へと溶けて沈んだ。



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