星空が君を見下ろす夜



今日も滞りなく学校を終え、いつも通り皆との時間を楽しみながら、ご飯を食べてお風呂に入ってベッドにもぐり込む。目を閉じて、あたたかい毛布と布団に挟まれて、さんざん使った脳におやすみなさい。

ふ、と目が覚めたのは、夜中の二時。
スマホの照明を一番暗くして、ぼんやり眺めるのは連絡しろと言った爆豪くんのアイコン。

迷惑じゃないかな。何て文字を打てばいいだろう。そもそも既読がつく可能性は、いったいどれくらいあるのか。もう、甘やかされるままに甘えていられるような年齢でもない。
考え出したらキリがなくて、結局スタンプをひとつだけ送った。一分、三分、五分。既読がつかないまま、時間だけが過ぎていく。十分が経過したところで、自然と諦めの滲んだ吐息が口を突いた。


「まあ、普通は寝てるよね……」


スマホに挿したイヤホンを耳につけて、厚手の上着を引っ掛ける。なんとなく夜空が見たい気分だった。眠るために、この漠然とした、不安とも寂寞とも寂寥ともとれる曖昧な感傷を宥めてしまいたかった。

掃き出し窓を開けて、ベランダに出る。

今日も空は晴れていて、見上げた先には幾つもの星が輝いていた。もこもこのルームシューズを履いたままだからか寒さもさほど感じず、屋上まで行かなくても十分綺麗な景色に、心が落ち着いていく。
冷たい空気に頬を撫でられ、深呼吸をひとつ。思い出すのは、爆豪くんのこと。


生まれた場所も中学も違う彼とは、この雄英高校で初めて出会った。
接点らしい接点はなかったように思う。同じクラスで、たまたま個性が似ていて、たぶんお互いに、ほんの少しずつ興味を抱いていった。あるいは、惹かれていった、と言ってもいいかもしれない。

私の場合は、彼のセンスと、過剰な自信通りの器用さが羨ましかった。言うだけのことはやってのけるところが、かっこいいと思った。いつだったか緑谷くんが言っていたように、ちょっとだけ憧れた。
爆豪くんの場合はどうだろうか。ちょっとわからない。今度二人っきりになれる機会があったら聞いてみよう。「俺と付き合え」なんて横暴な彼らしい台詞で告白されたあの日は、びっくりし過ぎたあまり、理由を聞けないまま頷いてしまった。


〜♪ 〜♪♪

びくり。無音のイヤホンから響いた唐突な着信音に、肩が跳ねた。ポケットから出した画面には、さっきベッドの中で眺めていたアイコン。途端に胸を覆う温もりに促されるまま、頬が緩んでいく。
通話ボタンをタップして「おはよう」と紡げば、たいそう眠そうな声で『死ね』と言われた。


「起きちゃったの?」
『ん……』
「なんかごめんね」
『…今どこにいんだ』
「ベランダだよ」


クリアに聞こえるとは言え、機械越しの声はなんだか新鮮だ。寝起き特有の少し掠れた低音も、あまり頭が回っていないのだろう遅い喋り方も、すべてが愛おしく思えてしかたがない。こういうのを彼女の特権と言うのだろう。


『昨日も似たような時間だったな…。大体こんなモンなんか』
「うん。二時前後が多いかな」
『たく、てめえの脳ミソどうなっとんだクソが…。しっかり寝てろや…』


溜息とともに聞こえてきたのは、衣擦れの音。布団にもぐりなおしているのか、寝返りをうっているのか。やがて物音はやんで、彼の静かな低音だけが鼓膜を揺るがす。
遠回しに悩みや不安があるのかと聞かれ、どうせ見えはしないけれど、何度も首を横に振りながら否定を口にした。それでも『俺がいりゃ寝れんのか』と話に付き合ってくれるあたり、彼なりに心配していることが感じとれる。是が非でも、どうにかして私を朝まで眠らせたいらしい。

もちろん、たとえ眠れなかったとしても、爆豪くんが一晩傍にいてくれると言うのなら、拒む理由など持ち合わせているはずがない。幸い女子部屋に余裕があるからか、この階には私の部屋だけ。先生にさえ見つからなければ、どうってことはなかった。


「じゃあ明日、来てもらってもいい?」
『ん。いける時に呼べやクソ』
「うん、ありがと。おやすみ」
『ちゃんと寝ろよ。起きてんじゃねえぞ』
「大丈夫だよ。ちゃんとベッドに入るから」
『なら今すぐ入れ。風邪引くだろが』
「はーい」


随分心配性な言葉にちょっと笑いながら、おとなしく室内へ戻る。窓の鍵を閉め「ちょっと待ってね」と断ってから上着とルームシューズを脱いで、毛布の中へ。もそもそもぐり込んだ音で察したらしい爆豪くんは、私が落ち着くなり『じゃあな。おやすみ』と言って、通話を切った。うん、今日は眠れそう。



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