感覚にして数時間。実際は数秒間。永遠かのように感じられる時間を秒針の音が刻む。どうしよう。何か言わないと。早く言わないと。焦り出した心を見透かすように細められた瞳から、無意識に逃げる視線。困ったな。こんなに言葉が出てこないとは思いもしなかった。嫌な汗が背中を伝って、足の先から血の気が引いていく。大きく鳴り響く心音が鼓膜を覆って思考が乱されはじめた時、私の頬を摘まんだのは温かい指先だった。
「何つー顔しとんだブス」
「……」
「人の安眠妨害しといてだんまりか。燃やすぞ」
「……燃やされるのは、やだな」
既視感と、体温と、いつもの暴言。それら全てに刺激された声帯が、ようやく震えることを思い出す。随分幼い頃にも似たようなことがあった気がする。いつだって助けてくれるのは勝己だった。
好きだなあって思う瞬間がぽつぽつあって、積み重なった想いが熱を灯していって。今日に至るまでの優しい日々が脳裏を巡って。まるで氷がじんわり溶けていくように、臆病な心が絆されていく。怖いとか焦りとか伝えなきゃいけないとか、そんなんじゃなくて、もっとシンプルな、私の心。
「……好きだよ」
「ハッ、俺の笑った顔がか?」
悪戯な口振りに、首を振る。
「全部好き」
自然と口からこぼれた一世一代の告白は、無事に届いただろうか。
これでもかってくらい見開かれたルビーを見下ろす。みるみる内に首元から耳まで赤くなった勝己は、すぐに腕で顔を隠してそっぽを向いた。とはいえ、私の膝上であることに変わりはなく逃げる様子もない。あきらかに照れている素振りに返事を聞こうかどうか迷って、結局やめた。嬉しくて、幸せで、ホッとして、視界がどんどん滲んで、それどころじゃなかった。
たとえば私が私じゃなくて、どこか違う世界の、遠い国の誰かだったら。
たとえば、生まれた場所が誰かの空想の中で、趣味も性格も性別も今とは正反対だったら。
たとえば私の家がここじゃなくて、お隣さんの表札も『爆豪』じゃなかったら。
もしそうだったとしても、私は彼に、恋をする。
fin.