とろ火の為様



ノックの音がして「はいはーい。どちらさま?」と扉を開けた時から既に、虎杖くんは虎杖くんであって虎杖くんじゃなかった。肌に浮かぶ紋様と逆立った髪。両手をポケットに突っ込んだままこちらを見下ろす高圧的な態度と視線。「また寝ておったのか」と息を吐く呆れた顔も、きっと寝癖がついているのだろう私の髪を撫でつける紫の爪も全部、全然虎杖くんじゃあなかった。


「そっちこそ、また体貸してくれたんだね」
「ああ。くだらん条件付きだがな」
「殺さない、傷付けない、手を出さない?」
「そんなことよりいつまで待たせる気だ。早く入れろ」
「はーい」


支えていた玄関扉を虎杖くんもとい宿儺に任せ、中へ引っ込む。スリッパどこやったっけな。まあいいか。取り敢えず床に散乱している呪符や資料諸々を端に寄せつつ足の踏み場を作ってやれば「片付けもろくに出来んのか」と溜息を吐かれた。うるさいな。出来るけどやってないだけですぅ。

じろりと睨んでみたけれど、自分の目線より下なんて視界に入らないのだろう。綺麗にスルーした(たぶん気付いてすらない)彼は、腕を捲りながらキッチンに立った。


手を洗って炊飯器内と冷蔵庫を確認し、勝手知ったる収納棚から調理器具を出していく。手際良く私の晩ご飯を作る大きな背中は、もう見慣れたもの。わざわざ虎杖くんの体を借りた宿儺が手料理を振る舞いに来るのは、今日で十日目。その内飽きると思っていたのに、これがなかなか続いている。なんでも“放っておくと死にそうだから”らしい。

確かに三度の飯よりベッドで寝たいし、たとえ生きるためだとしても食べる行為自体が面倒くさい。五条先生に『なまえは絶対餓死まっしぐら!』って良く笑われる。失礼しちゃうけれど、あながち間違っていない。体重だって女子高生の平均をずいぶん下回る。それでも別に、私が貧相だろうと空腹で野垂れ死のうと宿儺には何ら関係ない。

よほど生に頓着しない女が珍しいのか、雛に餌をやる程度の長い気まぐれか、あるいは暇潰しか。全然分からないけれど、寝てれば出てくるご飯っていうのは楽でいい。おまけにお店顔負けの味で、見返りを求められたこともない。だから素直に受け入れるが吉だと、未だ好きにさせている。




洗面で顔を洗ってから戻ると、美味しそうな匂いが充満していた。室内で唯一片付いているローテーブルに、ほかほかのオムライスが乗せられる。私の胃に合わせたお子様サイズが有難い。ちなみに昨日は鯖の味噌煮だった。


「日に日に現代料理レパートリーが増えてくね」
「小僧の飯を見ているからな」
「え、見ただけで作れんの?」
「当然だ。そも料理なんぞ、いつの時代も変わらん」


サラッと凄いことを言いながら向かい側に胡座をかいた宿儺は「ほれ、温かい内に食え」とスプーンをくれた。お礼と共に受け取って、しっかり「いただきます」をしてからオムライスを割る。たったそれだけの感触と見た目でもう分かる。これ絶対美味しいやつ。

期待しながらすくい上げたひと口は、正に絶妙なふわとろ具合で頬っぺが落ちそうになった。何を作っても想像を超えてくるなんてずるい。義務的なはずの食事が、ちょっと楽しく思えてしまう。


「美味そうに食うな」
「だって美味しいもん。ほんと料理上手だね」
「褒めたところで何も出んぞ」
「デザートも?」
「は?」
「宿儺のご飯も好きだけど、甘いのも好きなんだよねー。プリンとか」
「……こんびにとやらで売ってるやつか」
「そうそう」


手繰り寄せたスマホで検索し「こんなやつ」と画像を見せる。テーブルに頬杖をついた宿儺は四つ目でまじまじ見つめた後「まあ、お前の頑張り次第で作ってやらんこともない」なんて口角を吊り上げた。ホワイトピュアピュア虎杖くんじゃあ絶対にしないだろう、それはそれは意地の悪い顔だった。



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