見えざる思慕



翌晩。ふと宿儺の言葉を思い出し、端へ寄せたままだった呪符や資料を片付けていると、聞き慣れたノック音が響いた。またご飯を作りに来てくれたのだろう。壁時計を見遣れば、だいたいいつも訪ねてくる時間だった。毎日ご苦労なことだ。


コンコン。

「はーい。今開けるから待ってねー」


再度鼓膜を突いたせっかちなノック音に腰を上げる。玄関扉の向こう。スーパーの袋を提げた宿儺は「遅い」と顔を顰めた。ごめんごめん。軽く謝りながら中へ通す。臍を曲げられると面倒なので『誰かさんがごちゃごちゃ言うから片付けてたんですぅ』って皮肉は心の中に留めておいた。スリッパが見当たらない。まあいいか。

いつも通り袖を捲ってキッチンへ立った背中に、いそいそ近寄る。覗き込んだ手元にはブロッコリーと柚子胡椒。それから、


「豚肉……」
「なんだ。嫌か?」
「や、そうじゃないんだけど、脂がね」
「内臓まで貧弱か……全く。聞いて呆れる」
「ぐ」
「まあそう案ずるな。ちと手間だが落としてやる。お前は腹を空かせて、大人しく待っていれば良い」


不意に伸ばされた手。頭を撫でていったそれは一瞥すらなく、平然と水栓レバーを押し上げた。

なんだかなあ。
傍を離れ、片付けに戻りつつ息を吐く。

存外柔い手付きだった。まるで生後間もない赤子を愛でるよう。ちゃんと触れていながら髪の表面をさわさわ散らす、優しい撫で方。胸の内側がむずむずして、なんとなく落ち着かない。あの宿儺にときめいたかもなんて、そんなまさか。

残存する感触を振り切るように、仕舞いかけの呪符を一から並べ替えて間もなく。美味しそうな匂いが漂ってきた。



今日は宿儺も一緒に食べるらしい。二人分のお茶碗と取り皿が用意され、真ん中にはメインディッシュらしい豚肉とブロッコリーの柚子胡椒炒めがこんもり山盛り。ついでにお味噌汁と麦茶が追加され、二人揃って手を合わせる。

宣言通り、豚肉の脂を最小限にしてくれたことは一口目にして実感した。味付けも相俟ってか、お肉なのにサッパリしていて食べやすく、とっても美味しかった。



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