「私の個性ね、涙が宝石になるの」
「宝石?」
「そう。原石じゃなくて、加工し終わった後のキラキラしてるやつ」


誰にも言わないでね。

そんな釘をきっちり刺された後にぽつぽつ始まった身の上話は、普段あっけらかんとして見えるこいつに似合わず、あまりに重かった。







宝石に変わる涙に定義はないと言う。悲しい、嬉しい、悔しい、痛い。とにかく泣きさえすれば何でも良い。つまり極端な話、なまえを泣かせさえすれば宝石が手に入るということ。誰にとっても金の成る木であり、格好の餌になりうる危険が付き纏う将来は、発現した時点で既に明白だった。周囲に知れてしまったが最後、無傷で生きていくのは難しいだろう個性。遺伝元であり、散々逃げ回る人生を歩んできたなまえの母親は考えに考えた末、泣く泣く虐待と変わらない養成を決意した。

決して涙は見せないこと。個性を口外しないこと。うっかり泣いてしまうくらいなら、そもそもの感情全てを殺すこと。万一他人に泣かされてしまわないよう、あらゆる刺激に慣れること。

そのための詳細内容は「聞くに堪えないだろうから」と省かれた。


「簡単に言うと、そうだね。んーと、半袖着れないし、たぶん何飲んだってギリギリ生きれる」


気付いた時にはもう、笑うってどうやるのか分からなかった。

思い出したくもないだろう話をなまえは淡々と続ける。人としての喜怒哀楽を制限され、当然人間関係は上手く築けず、娘に対する罪悪感に苛まれた母親は五年前から病院暮らし。父親はと聞けば、首を横に振った。顔を見たことさえないらしかった。


「今まで一人で暮らしてたんか」
「そうだよ」
「親戚は?」
「さあ、どうだろ。いるかもしれないし、いないかもしれない」
「それで良かったんか」
「うん。平気」


やはり淡然と答える声に、本来あるべきはずの抑揚は戻らない。さっき窺えた僅かな震えも、もう見当たらない。

「知りたいことはこれで全部?」と首を傾げたなまえは、まるでいつも通りだった。俺が初めから知っている、心の一切を悟らせない無表情。今まで苛立つだけだったそれに、こうも胸が締め付けられるとは思いもしなかった。

作ってるわけでも俯瞰してるわけでもない。ただ何もかもを奪われただけのなまえに燻る妙な情動。


―――与えてやりてえ

楽しいとか嬉しいとか、別に何でも構わない。せめて素直に笑えるくらいになれば良い。溜め込んで失うくらいなら、そうなる前にちゃんと自ら吐き出せるよう。何も気にせず泣けるよう。こいつが“息がしやすい”って場所を守ってやりてえと思う。俺の隣で、笑って欲しい。


「……てめえさっき、傍に居てえっつったな」
「うん」
「居させてやっから好きにしろ。そん代わり、のこのこ他に尻尾振りやがったら殺す。抱えてるモンは全部寄越せ。そんで、」
「?」
「……キスさせんのは俺だけにしろ」


壊さないよう掴んだ肩を引き寄せる。花の匂いを纏った唇を塞ぎ、呆気なく俺に埋まった華奢な体躯を抱き込む。大きくなったなまえの心音に呼応して膨れ上がった熱は、深呼吸で逃がした。

好きだなんだ、分からないのはお互い様。それでもなまえだけだった。何かしてやりたいのも、心底否定したい独占欲が付随するのも、赤い瞳が消えないのも、靄が溢れるのも。こいつだって、きっとそう。


「勝己は他の人にするの?」
「するかクソが」
「こうやってぎゅーするのも?」
「てめえだけだ」
「話聞いてくれるのも?」
「おう」
「手、繋ぐのも?」
「しつけえな。ンな独占してえんか」
「うん」


回された手が、縋るように俺の背を掴む。真っ直ぐ向けられた瞳を見下ろせば、また揺れていた。「私だけがいい」と素直にねだられ、どうしたって詰まる胸を誤魔化す。「それ、もう俺が好きっつってるようなモンだろ」と鼻で笑ってやれば淡い虹彩が丸まって、それから、ぎこちなく細まった。


「じゃあ、好き」


スッキリしない靄が出て行った胸の中。
ぶわっと溢れた熱の名は、たぶん“恋”だった。



合わさった辻褄




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