確かにあったぴかぴかの傷
―――さざ波に似た喧騒が、ざわざわ鼓膜を抜けていく。
「なんで、」
「ハッ」
口角を上げた爆豪くんに、瞬き二つ。
「餌は使い切んねえとな?」
皆には分からない言い方だった。けれど私には分かる。事が片付くまでは送ってってやる。そういう意味だ。大方、犯人逮捕の名誉を手にする絶好のチャンス、ってところだろう。有名ヒーローは就く以前から数多の功績を有すると聞く。それにしたってこんな面倒いいのかな。甘えてしまって、いいんだよね。だってこの場で遠慮したら、それこそ彼の顔に泥を塗ってしまいそう。
教室から出て帰路に着く。茜色に染まった世界で、二人分の影が長く伸びていく。
隣に並んだのは無意識だった。けれど彼が気にする様子は微塵もなく、特に何を話すでもなく、絶対的な安心感を与えられつつ帰宅する。土日を挟んで月、火、水。爆豪くんは毎日欠かさず迎えに来た。ただの餌か、優しさか。そんなことは一週間を過ぎたくらいからどうでも良くなった。
「今日もありがと」
「ん。じゃあな」
「うん、また明日」
相変わらずの背中を見送り、玄関へ。鍵が開いているのは家族がいる証拠。嫌だなあ。
先に自分の部屋へと上がり、荷物を置いて着替えを持つ。シャワーを済ませ、ご飯を食べるためだけに向かったリビングでは、お母さんが座っていた。ただいま。今更ながらの挨拶は音になる手前で引っ込んだ。呆れと落胆が入り混じる、その眼差しが、嫌いだ。
「名前、座って」
「なに?」
「いいからちょっと座って。話があるの」
私はない。そう突っ撥ねることが出来たなら、どんなに良かったかしれない。
食卓につき、食べながら話しましょうとよそわれたカレーに手をつける。味がしない。爆豪くんの家で食べたハンバーグは、あんなに美味しかったのに。ただ胃に詰め込む作業を繰り返す。私の進路に対する小言を聞き流す。
どうして勝手に決めたのか。どうして雄英高校じゃなく三流以下に変えたのか。どうして親の気持ちを汲まないのか。一体何が不満なのか。環境も全て整えてきて、今までこんなに可愛がってきた。あなたもたくさん頑張ってきた。それが報われる時なのに。どうして、どうして、どうして―――。
「裏切りとまでは言わないけど、お母さんもお父さんも、恩を仇で返されているような気持ちよ」
「……」
この人は、結局何が言いたいのだろう。理由を聞きたいのか、私の考えを知りたいのか、それとも思い通りにならない鬱憤をぶつけたいのか。あいにく全部受け止めてあげられるほど優しい娘にはなれない。理解が得られるどころか塩を塗られてしまいそうなお皿の上へ、ささくれだらけの心を差し出せるほど強くない。ご飯が喉を通らない。
「ごちそうさま」
スプーンを置いて、席を立つ。呼び止める声は「おやすみなさい」と断ち切った。
勉強、将来、夢、地位、富、名声。全く幻想ばかりで嫌になる。私はそんなに立派じゃない。心の中のシャッターを切ることで、今視界にある全てが写真みたいに頭に残るこの
個性がなければ何の役にも立たない。せいぜい三流が良いところ。私なんてそんなもの。だからもう、期待なんかしないでよ。