プロローグ



朝8:59。寝惚け眼で車をかっ飛ばし、滑り込みセーフで出社する。裏口横のタイムカードをガシャコンッ。パソコン打刻が当たり前のこのご時世、使える物が使える内は使っておく精神の男を頂点に据える当社では、未だアナログ式タイムレコーダーが活躍している。ギリギリまで寝ていたい派からすると大変有難い。だってパソコン立ち上げてる間に9:00過ぎちゃうんだもん。

室内用サンダルに履き替え「おはよーございまーす」と扉を開ける。

良い子で机を拭いていた事務員甘谷くんが顔を上げ、それから時計を見た。「おはよ。間に合った?」なんて愚問中の愚問。勿論の意であるブイサインを返し、自席の隣へカバンを置く。……あれ?


「甘谷くん、私のパソコンつけてくれた?」
「うん。昨日ウェンドウズの更新入ってるし、立ち上げ、時間かかるかなと思って」
「そっか今日土曜日だもんね。ありがと」
「どういたしまして。取り敢えず掃除機かけてもらっていい?」
「はぁーい」


ダブルクリックで開いたメールのチェックは後回し。言われた通り、奥の物置から毎度お馴染み家庭用掃除機を引っ張り出す。まだ使えるし勿体ないから、と、以前売主が処分に困っていた残置物の中から引き取った物。それほど新しくはないけれど、まだ機嫌良く快調に動いてくれている。とはいえ、そろそろやっぱりコードレスが欲しいところ。業務用のバッテリーついてる白いやつ。あれ優秀なんだよね。わざわざコンセントを挿し直す必要もなければ、腰を曲げずに済む。

まあそんな文句、宝見社長に垂れようものなら『じゃーお前の給料から出しとくわ』ってニッコリされること間違いなしだし、絶ッッッッ対に言わないけど。みょうじは今日もありがた〜くお掃除しまーす。


入り口から順に、お客さまを迎えるカウンター、契約や商談を行う応接、そして従業員四名+社長フロアを行ったり来たり。

東京都内某所、本当に東京?って疑うくらいのド田舎にポツンと佇む当社――宝見不動産。社長自ら業務に携わる少数精鋭の中、営業を担って三年半である私の一日は、こうして社内清掃から始まる。