とある雨の吉日のこと
窓の外を眺める輪郭は、いつも静けさと共に息をしていた。陽に透ける瞼が丸い眼球を緩やかに覆い、こくりこくりと船を漕ぐ。風に揺蕩う亜麻色のセミロングは誰の眼にも一等柔らかく映え、細く長い指や手も、透明にさえ感じられる肌も、クラスメイトに呼ばれてくすくす上品に笑う仕草も全て、数多の視線を奪うには十分過ぎるほど。
敢えて言い表すなら“高嶺の花”だと、相澤は思う。
平均よりも低い背が親しみ易さを付与しているにもかかわらず、声をかけることはおろか、ほんの数瞬視線が合わさっただけ。たったそれだけで、言いようのない緊張が走る。その薄い唇がやんわり笑みを描こうものなら、いっそ呼吸さえ忘れてしまえる。決して浮いていたわけではない。近寄り難くもない。存在を認識した当初から、みょうじなまえはそんな女子生徒だった。
十ほど歳の離れたみょうじとのファーストコンタクトは、相澤がかつての学舎である雄英高校に赴任して直ぐのこと。三年生だった彼女は各々が豊かな個性を秘める生徒達の中で一際目を引き、やはり誰と話すでもなく、窓の外を眺めていたように思う。
勉学では、年々経営科やサポート科が優秀な成績を修めてきた雄英において『ヒーロー科でありながら常に学年首位を有する』という異例の歴史を築いた張本人。もちろん単に頭が良いだけでなく、センスや応用力にも長けていた。強く可憐な姿は正に理想的なヒーローの面影を宿し、まだ学生ながら是非サイドキックにと望む事務所が後を絶たない。プロから見たみょうじは大層魅力的で、喉から手が出るほど欲する逸材だった。全てを兼ね備えて尚研鑽を怠らない、光る原石だった。あまり人に興味のない相澤でも、それくらいは分かった。
けれど結局、彼女はヒーローにならなかった。
大した接点があったとは言えない。相澤にとってみょうじは生徒の内の一人に過ぎず、みょうじにとっての相澤もまた、先生の中の一人だった。それでも声をかけてしまったのは、どうしてだったか。何年も前のことなど、もうはっきりとは思い出せない。表情、声、空気感。五感に残るみょうじの残影はどれも不確かで、鮮明というには少々彩度に欠ける。
ただ、相澤の問いかけに“ヒーローになる資格がないんです”と寂しげに笑った深く青い瞳だけが、褪せることなく瞼の裏に焼き付いていた。