運命は白日



外部受付で入校許可証を受け取る。


「有効期限は明日までの二日間です。お帰りの際はご返却を。お出掛け、再度校内へ戻られる際もこちらまでお申し出下さい。何かご不明点はございますか?」
「いえ、大丈夫です。有難うございます」
「こちらこそ。それでは行ってらっしゃいませ」


綺麗なお辞儀に見送られ、植栽に挟まれた小道へ踏み出す。雄英高校卒業生って箔は社会においても各公共施設においても便利なもので、ヒーローライセンスさえ提示すればデータ照合と持ち物検査のみで即日許可がおりる。といっても、実際に利用するのは年に数度。届け物があったり、協力要請がきた時くらい。

三叉路を斜めへ進み、懐かしさを胸に芝生を抜ける。いくら広大な敷地を有するとはいえ、曲がりなりにも三年間通った学舎。当時は寮なんてなかったけれど、校舎や特別棟、演習場なんかの位置はしっかり頭に残っていた。



下駄箱が並ぶ玄関で、来客用のスリッパに履き替える。休日だからか、いつもたくさんの声で溢れているはずの校舎内は閑散としていて、大きな窓から射し込む陽の光がぽかぽか廊下を暖めていた。手土産の紙袋をぶつけないよう気をつけながら階段を上がった先。未だ心臓を刺激する『職員室』のプレート文字。声は聞こえない。人の気配も感じられない。

ノックをしようか迷い、誰もいない可能性を鑑みて、そうっとドアを引く。隙間から覗いた室内には、幸い、見知った人影が窺えた。学生時代、お茶請けや目薬なんかを毎日のように持参していた窓際の一角。春には桜が綺麗に見える特等席で、デスクに向かって俯く男がひとり。

扉を閉めて、そろそろ歩み寄る。


「日曜日もお仕事なさってるんですね」
「ええ。雑務がどうも終わら――……」


途中で言葉を呑んだ消太さんが、たっぷり固まってから勢いよく振り向いた。


「、なまえ」
「こんにちは。びっくりしました?」
「ああ。驚いた」


ありあり見開かれた瞳に私が映る。「ちゃんと正規の手続きは踏みましたよ」と首からさげた許可証を揺らしてみせれば「良い子だ」って褒めてくれた。

モニターの左右を埋める書類とファイル。丸いペン立てへまばらに刺さった文房具。透明なデスクマットの下には名刺や内線番号、消太さんらしい無骨な字が走るメモ各種。まだ彼が私の先生だった頃、足繁く通っていたこの立ち位置からの景色は、今も変わらないらしい。


紙袋を後ろ手に、気恥ずかしさが宿る指先を擦り合わせながら微笑む。消太さんは「まあ座りなさい」と、隣の事務イスを引いた。昔はこうじゃなかった。長居をさせてくれる素振りなんて何ひとつなくて、いつも少し離れた所で立っていた。それがこうもなだらかに変貌するとは。


「朝からずっとですか?」
「いや、昼過ぎくらいからだ。お前仕事は?」
「有給とりました」
「そうか。雄英に呼ばれたわけじゃないんだな」
「はい。消太さんに会いに来ただけです」
「俺に?何の用だ」
「やだなあもう」


ああ、やっぱり忘れてた。昔からそう。自分のことは何でも後回し。頓着ってものが存在しない。

隠していた紙袋を前へ出し、底を両手で支えながら差し出す。それでもまだピンと来ないらしい彼は、心底不思議そうに瞬きながらも両手で受け取ってくれた。こんな風に贈り物を手渡すのも、今の関係性だからこそ出来ること。もう置き去りにする必要はない。当たり前になりつつある些細な礫が、いちいち大切で、幸せで。

消太さんも同じだったら良いのになあって、瞳を細める。たぶんまだ、私の気持ちの方が何万倍も大きいだろう。


「お誕生日、おめでとうございます」
「……そうか。もう11月か」
「はい。11月8日です」
「良く覚えてたな」
「好きな人のことなので」


ぶっきらぼうな「職員室だぞ」は、どこか照れくささを孕んでいた。「あけても良いか?」って断りに頷き、ふわふわした心地で見守る。


中身はたくさん考えた。甘い物は苦手だろうし、物持ちが良くブランドやデザインにこれといってこだわらない彼に、財布やキーケースは少々押し付けがましい。高価な物であればあるほど気を使うことだって目に見えていて、まさかプロヒーロー相手に時計やアクセサリーを選ぶわけにもいかない。だって邪魔になる。じゃあネクタイはって考えたけれど、恋人からのプレゼントが仕事用品っていうのもなんだか味気ない。そんな風に本当にたくさん、うんと悩んだ。

結局最終的に落ち着いたのは、これから始まる寒い季節に活躍出来て、日々の合間にホッと一息つける物。根を詰める前に、一息つくことを思い出せる物。

色んな味から選びに選んだスタバのコーヒーパック。それから取っ手が黒猫の尻尾になっている、蓋付き真空マグカップ。デスクでも使いやすいよう、多少傾けてもこぼれない仕様で保温保冷効果もばっちり。いつぞやの目薬同様、下調べに抜かりはない。


「実用的なところがお前らしいな」と、疲労を湛えた目元が和らぐ。優しさいっぱいの眼差しに、つい溢れた笑み。


「有難う。この歳になって貰えるとは思ってなかったよ」


お礼を言うのは私の方。生まれてきてくれて、助けてくれて、育ててくれて、愛してくれて、どうも有難うございます。

さあ、早速新しいマグカップで美味しいコーヒーを堪能してもらおう。



writer is 汽水車