「ひざしくん、掃除機かけるの?」


「名前、掃除機掛けてえんだけど」
「え、ひざしくん掃除機掛けるの?」

私、今こんな真剣にドラマ見てるのに?

そう言外に匂わせたのに、ひざしくんには軽くスルーされた。ホントに?とひざしくんの突然のお掃除宣言に聞き返せば、おー、なんていう適当な返事。家中の窓を開けるや否や姿を消したと思ったら、ガタガタと掃除機を取り出すような音が聞こえてきた。本気らしい。

綺麗好きなひざしくんのことだ。こうなってしまうともう掃除機が出てくるのは避けられない。
あーあ、折角ドラマがいいとこなのに。あと10分待ってくれないかな、と思いながらリモコンの停止ボタンを押す。主人公の刑事が仲間に刺されたところでピタリ、と画面が止まった。痛そう。

録画して追いかけていたドラマの最終回。最初は面白かったから見てたけど、なんか途中からつまんなくなった。好きな俳優だったのに、これは脚本が悪い。
なんだかんだ惰性で追いかけてたけど、最終回を迎えるころにはやっと終わるのか、って息をついた。まどろっこしいんだもん。怪しい動きしてるやつなんか1人しかいないのに。

ひざしくんなら裏切り者なんかすぐ見破っちゃうし、個性で近寄らせずに犯人のこと逮捕しちゃうんだろうな。学生の頃から凄かったもんね。お調子者だったけど。

そう思いながら、寝っ転がっていたカーペットからソファによじ登って避難する。足を投げ出してお腹にお気に入りのクッションを抱え込んでスマホを弄ると同時に部屋中に大きな音が響いた。掃除機が掛かると何も聞こえなくなっちゃうから嫌なんだよね、大きい音嫌いだし。

「名前、足上げてくんね?」
「んー」

掃除機の爆音が部屋中に響いて、なんとかひざしくんの声が聞こえた。伸ばしていた足をひょい、と上げればその下を通っていく掃除機。ひざしくんのお陰でお部屋は大体綺麗だけど、なんだかんだ掃除のあとは気持ちがいい。

机の下や洗面所、寝室まで家中の埃を吸い取ること数分。ようやく音が止んで、ひざしくんがリビングに戻ってきた。満足そうに部屋を眺めている。掃除で大袈裟だな、と思うけどひざしくんが満足そうならいいや。掃除も終わったしソファ座るかな、と思ったら時計を確認して、ひざしくんはくるりと背中を向けた。

「っし、次は風呂場とトイレだな」
「え、まだ掃除するの?」
「Strike while the iron is hot.こーいうのは思い立ったが吉日なんだよ」
「急に英語の先生振るのやだ」
「やだもなにも。俺一応英語の先生なんだけどよ、名前ちゃん」

そう言って笑ったひざしくんは、そのままお風呂場の方向に向かって行った。完全にひざしくんの姿が見えなくなる。ちぇ、なんだ。折角ひざしくんにこのつまらないドラマの感想ぶつけようと思ったのに。しょうがない、別のドラマでも見よ。

内心でひざしくんに文句を言いながらリモコンを操作する。こんな時に限って、撮り溜めていたドラマは全部見てしまったし、見返すほど面白かったシリーズも今期はなかった。動画配信サービスにも心惹かれる映画はない。久々に地上波にチャンネルを回せば、旅番組とゴルフと今日の園芸。もう最悪。

「つまんな……」

ぽつりと呟いても、当たり前だけど誰も拾ってくれない。ひざしくんは今頃お風呂場を掃除してるんだろうか。

ごろん、とソファに倒れ込んでスマホを起動する。メッセージアプリも全部既読済み、アオイトリのタイムラインも今日に限って面白い情報は流れてこない。インストは相変わらず、いま渋谷にいる、タピオカ美味しい、ケーキ食べに来た、ばっかり。これは匂わせ写真、ああ、やっぱり炎上してるし。

指を下から上に、上から下に。動かしても動かしても大した情報は出てこなくて、私の日常は急に死んでしまったんじゃないかと錯覚さえする。結局画面を暗くして、クッションの上にスマホを放った。なんだか急にむかむかしてきた。

ていうか、せっかくの休日なのに。なんでひざしくんは私のこと放置して掃除なんかしてるの。

右に寝返り。

そもそも掃除なんて一気にやる必要なくない?毎週ちょっとずつ綺麗にすればいいじゃん。

左に寝返り。


…………この後ラジオの収録行っちゃうくせに。


むくり、と起き上がって昼間にも関わらず薄暗い廊下を足音を殺して歩く。お風呂場に近づいてくるにしたがって、大きくなる最近の洋楽ヒットチャート。何がそんなに楽しいんだか。
そっと覗くとひざしくんはゴム製の手袋を泡だらけにしながら、時々合いの手を入れるようにシュッシュとスプレーを吹いている。振り向きもしないひざしくんに、なんだか無性に腹が立った。あとはもう知らない。

「……どしたー、名前」

黄色いTシャツごしにひざしくんの熱を奪う。トクトクと流れてくる優しいリズムが、少しだけささくれていた気持ちを落ち着かせてくれるような気がしたけど、たぶんそんなの気のせいだ。
言葉では心配してるくせに、くつくつと喉の奥に押し殺すような笑い声。なにもかもひざしくんの掌の上で転がされてるみたいで、本当に腹が立つ。

「……なんでもないもん」
「寂しくなっちまった?可愛いなァ」
「別に、寂しくなんかない」
「そうかねえ」

しょうがねえな、と言わんばかりに楽しそうに笑うひざしくんにムカついてぎゅうと腕に力を込めた。ふん、中身が出ちゃえばいいんだ。圧迫するようにぐ、と鳩尾を押せば焦ったようにやめろ、と腕を取られた。

私なんかよりも高い体温。分厚い掌。いつの間にか外されたゴム手袋は適当にバスタブの淵に引っ掛けられて、その役目を終えている。ひざしくんの手、と意識を攫われていたら急に立ち上がったひざしくんが反転して私を抱き締めてきた。身動きが取れないまま、大きな手が優しく髪に触れる。

「離してよ」
「ヤだね。せっかく名前から甘えてくれてンのに」
「甘えてない」
「ハイハイ」

聞こえる心臓の音が心地よくて、思わず目を閉じた。肺が柔軟剤の香りで満たされる。あんまり好きな香りじゃないのに、ひざしくんの匂いだと思うとなんだかどうでもよくなった。あたたかい。干したての布団のような安心感に、つい微睡みそうになる。

「退屈なだけだもん」
「俺が居ねえから?やっぱ可愛いなァ、名前」
「次言ったら怒るよ」
「言わねえって、名前に嫌われたくねえしな」
「……別に、嫌いだなんて言ってない」
「…………」

急に訪れた沈黙がなんだか怖くて、ゆっくりと顔を上げる。ぱちりと目があった瞬間に、ひざしくんは笑った。

私の好きな、若葉の隙間から零れる木漏れ日のような、名前に相応しい笑顔で。



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