家にきた!!



鳴り響いたインターホン。見遣ったモニターには目隠し姿の男が一人。といっても不審者じゃない。私がフリーの術師に転身した今も尚、何かと絡んでくる悟くんだ。一応高専時の先輩だけれど、まあ中身がなんとも敬えない感じの人だったので、当時から“悟くん”と呼んでいる。

カーディガンを肩に羽織り、玄関ドアを解錠。


「久しぶりなまえ〜元気してる?」
「おかげさまで。悟くんも怪我なく元気そうですね」
「まあね。僕最強だから」


相変わらずの軽い調子に、ちょっと笑う。学生時代のとっつきにくさはどこへやら。今ではすっかり柔和になって、話しやすさも段違い。もちろん要因予想はついているけれど、首を突っ込むほど野暮じゃない。共有している過去はあれど、必要以上に踏み込まない。この距離感が丁度良い。


「で、出張土産持ってきましたってわけじゃなさそうですね?」
「大正解! 実はなまえに頼みがあってさ」
「頼み? 仕事じゃなくて?」
「あー……まあ近いかな」


彼の足下、黒い布に覆われた大きな荷物を持ち上げた悟くんは「時間あるでしょ? 中入れてよ」と笑った。







「コーヒーでいいですか?」
「うん。あ、僕ブラック飲めないから」
「知ってます」
「さすが頼れるなまえちゃん」
「よいしょしたって何も出ませんよ」
「えー、ケーキはー?」
「ないです」


コーヒーメーカーに二人分をセットしてからスイッチON。ドリップ完了を待つ間、ボストンバッグのような形の荷物を凝視する。筋肉オバケである彼の運び方じゃ、重さなんて推察出来なかったけれど、さっきゴソッと動いたあたり、生き物か呪霊が入っているに違いない。仕事に近い頼み、と言うくらいだ。おそらく呪霊関係だろう。


「気になる?」


テーブルで頬杖をついたその口元が、弧を描く。分かってるくせに、嫌な人。

顔を顰めてみせつつマグカップを出し、出来上がったコーヒーをこぽこぽ注ぐ。クリープ三杯、砂糖五杯。おまけに牛乳を追加した、最早これはコーヒーなのか? ってくらい本来の風味を消し去った飲み物を彼の前へ置く。スイーツに関しては私もたいがい甘党だけど、悟くんは全てにおいてもっと酷い。

簡素なお礼に返事をし、自分のマグカップを手に荷物前へと腰を下ろす。気付いた彼は「開けていいよ。引っ掻かれるかもしれないから気を付けてね」と、長い足を組んだ。……引っ掻かれる?


「呪霊ですよね?」
「まあ開けてみなよ。絶対気に入るから」
「気に入る?」


はて、なんだろう。取り敢えずいつでも呪力で防げるよう気を張りながら、慎重に布を捲る。出て来たのは結構しっかりした動物用のキャリーケースで、扉のつまみをゆっくり回した。何も出て来ないことを確認し、覗き込む。


「あら可愛い」


狭いケースの中、香箱座りでこちらを見据えるルビー色のじっとりお目目。え? 可愛い。目付きが大変よろしくないけど、もふもふ可愛い。「こんにちは」と話しかければコンマ三秒置いた後、物凄く大きな溜息を吐きながらそっぽを向かれた。え? 可愛い。待って。可愛い。めちゃくちゃ猫ちゃん。超猫ちゃん。

抱っこしたいけど我慢する。猫ちゃんはファーストコンタクトが大事。何があっても絶対驚かせちゃいけません。間違ってもケースから引っ張り出しちゃいけません。

そっと閉めた扉のつまみを元に戻す。


「見れた?」
「はい」
「可愛いでしょ」
「可愛いです」
「気に入った?」
「すごく」
「飼う?」
「飼います」


振り子の如く、何度も頷き見上げた先。特製でろ甘コーヒーを満足気に啜った悟くんは「良い返事」と、白い歯を覗かせた。