※ただの猫じゃありません



こんなに嬉しいことがあるだろうか。

我が愛猫が眠るようにこの世を去って早三年。透けるカーテン越しのまあるいフォルム。ソファで眠る、野生は死んだ! って感じのもふもふお腹。甘えたような可愛い鳴き声。その辺の紙袋や段ボール箱にいつの間にか入っていたり、コップの中身をぺちゃぺちゃ飲んでは、悪びれもせず机の上で寛いだり―――家中に染み付いている残像を辿る度、胸が押し潰されるように痛む。やっぱり新しい猫ちゃんをお迎えしようか悩んだ時間は少なくない。のに、どうも踏ん切りがつかないまま、まあ帰り道に子猫を見付けたら……なんて消極的に考えていた。

そんな私に、ついにご縁がやって来たのだ。当然、先輩きってのお願いとあらば無下にはできない。旅立ったあの子に対する罪悪感も多少薄れるというもの。


早速お迎えの準備をしようと立ち上がり、けれどはたと思い出す。


「悟くんさ」
「うん?」
「呪霊じゃないんですかって聞いた時、濁しましたよね?」


そう。呪霊じゃないとは言っていない。まあ開けてみてよと促しただけ。

逡巡するように斜め上を向いた視線が「鋭いね!」と戻ってくる。ちょっと。面倒くさがらないで、しっかりお話してください。


「なまえは両面宿儺って知ってる?」
「もちろんです」
「じゃーその指が特級呪物になってることも?」
「はい。知ってます」
「いいね、話が早い。実はその両面宿儺なんだ」
「……はい?」
「そこに入ってる猫、何がどうなってんのか受肉しちゃってさ。お上さんは処分しろってうるさいんだけど、無駄な殺生はしたくなくてね」


仰々しく両手のひらを上へ向け、肩を竦めてみせた悟くんが「ほら、僕優しいから」と笑う。


「見た感じ術式は使えないみたいだし、普通の猫と変わらないから安心して。ただ高専じゃ、どうしても面倒見切れなくてさー。なまえなら慣れてるだろうし、連れてきちゃったっ」


てへぺろ☆ なんて聞こえてきそうな軽い声には、けれど言わんとしている含みが潜んでいた。あいにく気が付かないほど鈍くはない。悟くんも分かっている。だから言葉を使わずに、全部視線で投げてくる。君寂しがってたでしょ、って。これで寂しくなくなるだろ、って。目隠し布の奥できらきら輝くアクアブルーが、真っ直ぐ透けて見えるよう。



白い喉をごくごく鳴らし、ビールの如く―――まあ悟くんは下戸だけど―――飲み干したマグカップを置いた手が、内ポケットへと伸びる。取り出されたのは魔法のカード。私程度じゃ一生持てない黒いそれを有難く頂戴する。

別に、お金に困っているわけじゃない。いくらフリーランスといえど、常に人手が足りない界隈。おまけに一級の身。報酬はそこそこ高い危険度に比例する。猫ちゃん一匹、贅沢をさせてあげられるくらいの甲斐性はある。ただまあ、ちょっと持ってみたかった。ペットショップかドラッグストアくらいでしか出番はないだろうけど、ほら。かっこいいじゃん。あ、カードで。スッ……みたいなさ。え、何こいつブラックじゃん! みたいなさ。


「餌代諸々、必要経費は使っていいよ。何かあったら連絡して」


じゃ、と立ち上がった服の裾を慌てて掴んでお礼を述べる。


「猫もカードももちろんですけど、……嬉しかったです。気遣ってくれて」
「……」


コンマ数秒遅れ。薄っぺらく、けれど優しく口の端を緩めて笑んだ悟くんは、大きな手のひらで私の頭をひと撫でしてから出て行った。