焦らずゆっくり時間をかけて



捨てずに洗って仕舞ってあった、猫用トイレを引っ張り出す。未開封の猫砂とシートをいそいそセットし、壁際へ。水入れと餌の器は汚れがつきにくい陶器製が好ましく、サラダ用の嵩高いお皿を棚からおろした。いち早く我が家へ慣れてもらうため、でもちゃんと安心して過ごせるように隅へ置く。キャリーケースも「ちょっと動かすねー」と声をかけて隣に移動。あれれ? 意外と軽い。もしかして、あんまりご飯にありつけてなかったのかな。まあ両面宿儺が受肉したってくらいだし、元々野良なら痩せていても不思議じゃない。

ちなみにもしこれが子猫だったら、ケージ内にベッドもトイレもご飯も全部整えてあげなきゃいけない。なんせ初めての環境で、慣れるまで結構時間がかかる生き物だ。簡単に信頼は得られない。周り全部が敵! ってくらい怯えるし、狭い所に入り込んで出てこない、なんてザラ。おまけに物音こそが最大のストレスになる。生まれた時から人間にお世話されてるペットショップのお子さんだったらいざ知らず、少なくとも、私が今まで接してきた保護猫達はそうだった。だからこそ僅かな移動で完結する、何かあっても秒でねぐらに帰れるような配慮が必要。

でもこれ幸い。受肉体はそこそこ大きな成猫ちゃん。何歳くらいかな。見た目じゃちょっと分からないけど、生後数ヶ月って感じじゃない。二歳くらい?


「開けますねー」


静かにつまみを回して開ける。中を覗けば、変わらず香箱座りのじっとりお目目がそこにいた。う〜〜ん可愛い! お目目赤くてかっこいい! 触りたい欲をグッと堪え、扉から一歩半分程度あけて座り込む。こういう時、無理やり引っ張り出すのはNG。ベタベタ触ろうとするのもNG。猫ちゃんが自発的に踏み出すまで、物音を立てないよう気を付けながらのんびり待つべし。これ鉄則。

敵意がないことを示すため、横を向いてスマホを見つつ時間を潰す。ちなみにじっくり見つめ合うのも絶対ダメだ。素知らぬ振りをしておかないと『見つめる=警戒心』に直結する。猫ちゃん流のアイコンタクトは、もうちょっと仲良くなってから。

さてさて、キャットフードを注文してからアマズンプライムで映画でも観るとしよう。


そうして二時間くらい経った頃、視界の端で影が動いた。顔ごと動かす、なんて無粋な真似はしない。視線だけをスライドさせて様子を窺う。鼻をひくひくさせながら、抜き足差し足忍び足。一歩一歩踏み出していく丸い手足がなんともプリティでたまらない。

フローリングの匂いを嗅いだ猫ちゃんは器の前に腰を下ろし、ぴちゃぴちゃ水を飲み始めた。