秘めやかに愛せ



今日は有難うございました。
おやすみなさい。また明日。


自室に帰っても尚、落ち着いたその声は脳裏に残っていた。

そこそこ真面目な話をしているというのに、風呂上がりの甘やかなシャンプーの香りを漂わせながら幸せそうに『それでも好きなので問題ありませんね』と微笑む彼女は強く逞しく艶っぽく。最早途中から何を話したのか、あまり覚えていない。たぶん連絡先が知りたいとか仕事以外でいいから名前で呼んで欲しいとかってお願いに、ふんふん頷いていただけだろう。


シャワーを浴び、ゼリー飲料を喉へ流し込む。いつも通りパソコンを立ち上げ明日の準備。日常の中へ戻ってしまえば何てことはない。さっきまでの浮いた心地は驚くほどすんなり胸の底へ着地し、まるで全部夢だったかのよう。でも、ミッドナイトさんへ報告をと開いたアドレス帳に存在する彼女の名前が、かろうじて現実味を繋ぎ止めた。







翌日。職員室で待っていたのは、にやにや顔のマイクだった。一体どこから嗅ぎつけたのか「見舞いに行ったんだって?」と俺の席を我が物顔で陣取ってやがる図体を押し退ける。


「ああ。ただの風邪だ。無事だった」
「オイオイ分かるだろ? 俺が聞いてんのはそーいうことじゃねえって」
「さあ何のことだか。それより次の一限、頼むぞ」
「へーへー」


口を尖らせながらも自分の席へ戻った背中に、こっそり安堵の息を吐く。

誰にも言うつもりはなかった。彼女を危険に晒さないためにも、俺がプロとしての動きやすさを保つためにも、それが一番合理的な最善であり最良だ。そもそも言い触らすものでもない。俺の気持ちを知るのは彼女ただ一人でいい。逆もまた然り。そうやって俺達だけで、ゆっくり静かに心を交わせていければ充分だと思う。

喧騒から隔絶され、澄みきった空気と淡い光がふわふわ漂い、紅茶の香りがゆったり揺蕩う、あの優しい二人っきりの図書室で――。



fin.