両親が亡くなったからといって、私の猫被り生活は終わることはない。

 いきなり【良い子ちゃん】の仮面を外せるほど器用でもなく、また両親への恩義から通っていたアカデミーを辞めるのは勿体なかった。
 授業料をすでに払い終えているというのもあるが、今ここで退学してしまうとアカデミー卒業の学歴が付かないからだ。

 この世界のチャクラを持っていない子達は基本的に学校に通っていない。身分の高い子息子女は家庭教師を雇い、一般的な子供達は周りの大人達から教えてもらう。

 そしてそんな中、アカデミーは立派な教育機関。
 忍術体術を中心に、それ以外の行儀やマナー、基礎的な勉学なども教わるのだ。忍にならなくとも、きちんとアカデミーを卒業した人間は就職に困ることはなかった。

 アカデミーを卒業したからと言って忍になれるとは限らないと里の武器屋で働くアカデミー卒業者のおじさんに聞いたため、それは確かなのだろう。
 きっと卒業試験の他に下忍になるための試験が設けられているに違いない。

 武器屋のおじさんが「俺に才能さえあれば……!」と言っていたが………。嫌味でも何でもなくおじさんの生活はただ羨ましかった。

 私もアカデミーの卒業資格を引っ提げて、忍になるための試験に落ち(というか私のような上っ面だけが分厚い人間に受かるはずないだろう)好条件でどこかの会社に就職したい、雇って欲しい。



 そして私はその小賢しい目的を遂げるためにアカデミーに通い続け、この度無事に卒業することとなった。




 ◇




「よおホタル、アカデミー卒業、おめでとさん」
「ゲンマおじさん」

 ───アカデミーの卒業試験である分身の術を成功させ、担任のイルカ先生から額当てをもらった帰り。
 思った以上に簡単だった試験と目的だったアカデミーの学歴を手に入れられて、るんるんの気持ちで帰宅していると後ろから声をかけられた。

 そこには親戚のおじさんであるゲンマさんがおり、相変わらず細い千本をタバコのようにくわえていた。

「おじさん呼びはやめろよ。まだ俺は30だぞ」

 そう言って呆れるゲンマさんに私は小さく笑う。

 ゲンマさんは私の父の歳の離れた弟であり、両親が亡くなった後時折顔を合わせては気遣ってくれる。

 最初は一緒に暮らすかという話にもなったけれど、私の中身はすでに成人しているし、一人でも平気だと言って断った。
 それに若い独身男性の家に子供がいたらゲンマさんも遊びづらいだろう。

「ゲンマさんは任務帰り?今から火影邸に行くの?」
「いいや、今日は非番でな。そこらへんふらふらしてただけだ」

 ふうん、と思ったが、わざわざアカデミーの近くを散策するかな。彼の性格上、何か用事がない限り家で休んでいるか同僚のライドウさんと連んで出掛けているかのどちらかだ。

 違和感を感じながらも聞き返すことなく「そうなんだ」と言えば、ゲンマさんは苦笑しながら口を開く。

「どうだ。アカデミーの卒業祝いに飯でも食いに行くか」

 ゲンマさんのその言葉を聞いて嬉しくなる。
 それと同時に胃がキリキリするほどの罪悪感も湧き上がった。

 全然忍になるつもりもないのにアカデミーの卒業祝いをしてもらうのは申し訳ない。ゲンマさんはぶっきらぼうだが、基本的に面倒見が良く優しいのだ。私が彼の兄の娘だってこともあるが中々可愛がってもらっていると思う。

 しかしここでアカデミーの卒業祝いを断ってしまっても、それはそれで角が立つだろう。

「いいの?ゲンマさんの気持ちは嬉しいけど、普段任務で忙しいし……。非番の時はゆっくりした方が良いんじゃない?」
「子供が気を使うんじゃねえよ。それに俺も腹が減ってるしな」
「そ、そう?それじゃあお言葉に甘えようかな……」

 やんわりと断りを入れてみたものの、きっぱりと言われてしまったからには大人しくて卒業祝いをしてもらおう。
 でもなあ、これで結局忍にならなかったら本当に悪いな……。

 前世の記憶がある影響かなるべく痛いことも辛いこともやりたくない。
 弟から聞いた話によると【NARUTO】の世界って中々厳しいんでしょ?それだったらなるべく忍とは関係ないところで生きていきたい。

 アカデミーまでは今生の両親の恩義もあって我慢できたけどその先は駄目だ。私に忍なんて到底やっていけると思えない。

「あ」

 するとその時、視界の隅に金色の髪の少年がうつった。

 ナルト君だ。この世界の主人公だ。

 木の枝に括り付けられたブランコに座り、どんよりとした空気を背負って俯いている。噂によると彼は卒業試験に落ちたそうだ。

 ナルト君とはアカデミー時代に少しだけ交流したことがある。

 火影岩に落書きをした罰則で、イルカ先生に出された課題プリントを一人教室に居残って格闘していた。
 その時に何だか放っておけなくなってしまい、あれやこれやと面倒を見たのだ。

 平和で穏やかに過ごしたいのなら、あんまり主人公と関わるべきではないと思う。何がきっかけでトラブルに巻き込まれてしまうか分からないから。

 だけど私自身アカデミーでは非常に影が薄く、同級生達と付かず離れずの態度をとってうろうろしていたため、ちょっとくらい関わっても良いかなと思い声をかけた。

 どうせアカデミーを卒業したら、私は忍にならずどこか適当なところに就職するんだ。
 こんな霞のような奴と関わっても、ナルト君に何の影響もしないだろう。

 ナルト君がこの先どんな風になっていくのか、前世の弟の話を適当にしか聞いていなかったため分からない。
 けれどきっと、私のことなんてアカデミー時代にちょっと喋ったことがあるクラスメイトCくらいの印象に留まるはずだ。

「……………」

 だけどどうしようかな………。

 見るからに落ち込んでいるナルト君に話しかけに行っても良いのだろうか。

 「誰こいつ?あ、アカデミーの時にたまに勉強教えてきた奴か」みたいな感じに思われない?勉強教えたりするだけで対して仲の良くないクラスメイトが話しかけてきたら距離が近いと思われない?
 それに………。

「どうした、ホタル」
「え、いや、その………」

 ゲンマさんが訝しげに聞いてくる。

 ナルト君は木の葉の里の大人から明らかに避けられていた。
 アカデミー内とかではそういったことはなかったけれど、里の大通りに出ると色んな大人達が眉を顰めてナルト君を見つめるのだ。

 前世の弟情報でナルト君の体には九尾が封印され、その影響で大人達から邪険にされていると聞いていたが、実際にそれを見ると辛すぎてしんどくなる。

 ゲンマさんがナルト君に対してどう思っているか分からないけど……。
 ブランコでしょぼくれている彼のことを知らないふりをしているのを見る限り関わりたくないのか、それか火影様から無用な接触はしないよう命じられているのかもしれない。

 そんな大人であるゲンマさんの手前、ナルト君のもとに行って良いものだろうか。

 でも、やっぱりこう、落ち込んでいる子を見ると前世の大人センサーからか放っておけないというか……。

 ち、ちょっとくらいナルト君に話しかけても良いかな?
 いや、大丈夫だよね?アカデミーのクラスメイトCがぱっと行って少し話すだけなんだもん。それに今の私はどこからどう見ても事情を知らない子供だ。

「ゲンマさん、アカデミーで一緒だった子がいるから、話しかけに行っても良いかな?ちょっとだけ待っててもらっても良い?」

 そんな私に、ゲンマさんは少しだけ苦笑し「行ってこい」とだけ言った。




 ◇




「ナルト君、大丈夫?」
「………ん?ホタル?」

 しょんぼりとしているナルト君に近寄って声を掛ければ、顔を上げて目をぱちぱちとさせた。

「体調悪そうにしてたから声掛けたんだ。大丈夫?家まで帰れそう?」
「え、あ、ええと、そ、そうなんだってばよ!俺ってば卒業試験張り切りすぎてちょーっと疲れちったんだ!心配してくれてありがとな!」

 ナルト君は何というか……、少し意地っ張りな一面があるから馬鹿正直に「ナルト君、卒業試験もしかして落ちたの?大丈夫?落ち込んでるよね、元気出して!」と言ったら逆効果だろう。

 彼自身もきっとそう思われたくないだろうから、わざと体調が悪いのかと聞く。

「そうなの?まあ、確かに緊張しちゃうよね。………ところでナルト君、君に良いものをあげよう」

 そして上着のポケットの中から紙を取り出した。

「一楽のラーメン無料券!」
「えーー!!ありがとうってばよ!それに2枚も!?」
「うん。2枚あるからイルカ先生と行ってきたら?ナルト君、いつも先生のお世話になってるからたまには奢ってびっくりさせなよ。あれ、奢りっていうのかな、これ……」

 結構前にもらった一楽の無料券を渡すと、ナルト君は嬉しそうに笑ってくれる。

 良かった。一時的な慰めにしかならないけど、さっきの澱んでいた空気が吹き飛んだようで安堵する。

 そうそう、ナルト君。イルカ先生と一楽行って、ラーメン食べて、元気を出すんだ。
 卒業試験に合格した私がナルト君を慰めても何様?みたいな感じになるだろうから、イルカ先生にいっぱい話を聞いてもらいな。

 放っておけなくて話しかけたものの、根本的な悩みを解決することは難しそうなので、他の人(イルカ先生)に任せる………。人としての器が小さ過ぎて自分でもどうなんだと思うが、これで良しとすることにしよう。

「じゃあ私、人を待たせてるから。ナルト君、またね」
「おう!元気出た!ありがとな!ホタル!」

 そしてゲンマさんのもとに戻る。

 これからどうなっていくかふんわりとしか分からないけど、やっぱり人の良いナルト君にはなるべく笑顔でいてもらいたい。

 紙面の世界ではあるけれど、彼は現実に生きている12歳の男の子なのだから。





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