小さい頃から何故か人一倍力が強かった。
 武闘家の父と女医の母が言うには、私は特殊な肉体を持っており筋肉の密度が常人の八倍もあるらしい。

 そのためハイハイや言葉を覚えるよりも先に力加減を制御する方法を徹底的に教え込まれ、誰かを不用意に傷つけることのないようお嬢様よろしく丁寧な所作を心掛けることを言われてきた。

『良い?あんたは優しくて良い子だし器量だって悪くない。でもね、そんな子がドアノブをうっかり破壊したり、力加減を間違えて家の壁をぶち破ったらびっくりするでしょ?』
『サヨ、俺達はありのままのお前のことも大好きだが、周りに迷惑をかけるようなことはしちゃ駄目だ』

 そんな両親の教えもあって、私は中学生になっても超人的な怪力がバレたことはない。体力測定でうっかり握力計を破壊しそうになったが、元々備品が壊れかけていたと涙ながらに訴えて事なきを得た。
 おまけに体育の授業で何をやらかすか分からないため、仮病を使っている内に私は体の弱い大人しい子と思われるようになった。

 争いごとの嫌いな穏やかな友人に、仮病だというのに心配そうにしてくれる良識ある教師。私の中学校生活は非常に平和、なはずだった。

「やめなさいよ!はなして!」

 学校からの帰宅途中。本屋に寄って帰ろうといつもと違う道を歩いていれば、五人組の厳つい不良どもが一人の女の子を路地裏に連れて行こうとするのを目撃してしまった。

 ビルとビルの間に女の子を引き摺り込もうとする不良達はにやにやと笑っている。反対に女の子は顔を真っ赤にして怒り狂っているが目に涙を浮かべていた。

「妹を連れていけば、あの無敵のマイキーもやって来るだろ。おら、行くぞ」

 うわあ………。あの子、佐野エマじゃん。

 一学年下のその女生徒は有名人であり、私と同学年にいる佐野万次郎君の妹である。詳しくは分からないが佐野君はめちゃくちゃ強い不良らしく、その妹である佐野エマさんも一目置かれているそうだ。

 大方佐野君に恨みを持った不良達が妹さんに目をつけたといったところだろう。幸い不良達はまだ私に気付いていない。

 どうしようかな………。あんな不良ども、私なら余裕で勝ててしまう。むしろ殺さないように力加減する方が難しい。いや、でもここで出て行くと私の怪力がばれちゃうしな……。

 そんな力を制御できない化け物みたいなことを考えながら頭を悩ます。

 しかしその時、妹さんとばちりと目が合ってしまった。

 「やべ」と思って目を逸らそうとするが、彼女は何故か気付かないふりをして「はなしなさいよ!」と不良達にくってかかる。
 そして妹さんはそのまま無理矢理路地裏の中へ連れ込まれてしまった。

 あれ、てっきり助けを求められるかと思ったが………。

 けれどそこでハッと理解する。

 私は実際はどうあれ、見た目はどこからどう見てもか弱い女子中学生なのだ。もしかすると妹さんは私を巻き込まないよう配慮してくれたんじゃないだろうか。

 そう思うと、じわじわと罪悪感が湧き上がる。
 怪力なのがばれちゃうとか考えている呑気な自分を、あの妹さんは庇おうとしてくれたのだ。

 そんな相手を決して放っておくことはできない。





「───待ってください!」

 狭く薄暗い路地裏、体の大きい厳つい不良達に引き摺られる佐野エマさんを確認し、私は声を上げた。

「あ?」

 不良達が怪訝そうな顔で私の方へ振り向く。そして私の姿を一瞥すると下卑た笑みを浮かべ始めた。不良の内の一人に腕を掴まれている妹さんは顔を真っ青にさせている。

「何だ。女かよ」
「いーんじゃね?コイツも連れていこーぜ」

 そう言って不良達の何人かがにやにやとしながら私へ近寄ってくる。
 そんな彼らに私は口を開いた。

「今、警察を呼びます。その子を離してくれるなら見逃しますので、早く逃げてください」
「ギャハハ!逃げてくださいだってよ!」
「本当に逃げなくて大丈夫ですか?今から正当防衛で色々やってしまうと思うんですが、本当に良いですか?大丈夫ですか?ほ、本当に?」
「何言ってんだコイツ」

 事前通告をしてみるものの、逃げる気のない不良に心配になってしまう。
 しかし奴らは私の忠告に耳を貸さず手を伸ばしてきた。
 言ったからな?私、言ったからな?

 そして伸びてきた不良の手をパシンと跳ね除け、彼の腕を掴み上げる。

 ほんの少し、力を込めて。

「──────ぎゃああああああ!!!??」

 その瞬間、男のつんざくような悲鳴が路地裏に響いた。
 そんな彼の断末魔に周囲の不良達が呆気に取られる。

「い……ッ!はなせ!はなしてくれ!!」
「いやいや、そんな大袈裟な。あれ、でも久しぶりだから力加減できてないのかな………」

 不良に言われるまま離してあげれば、彼の腕にはくっきりと私の手の跡が付いていた。多分骨折はしていないだろうが、念のため病院に行った方が良いかもしれない。

「あ、あの……ね?分かってくれました、よね?腕そんなんになっちゃいましたし、早くその子を置いて逃げてくれませんか?病院にも行った方が良いと思いますし………」

 なるべく穏便に事を済まそうと笑みを浮かべて諭してみる。
 しかし不良達は感情を知らない化け物を見たかのような顔をし構え始めた。

 あ、あれ?何そのオーガを前に決死の覚悟で立ち向かおうとする村人みたいなポーズは………。

「行くぞ!オメーらァ!!」
「おう!!!!」

 そして五人の不良達は一斉に殴りかかってきた。

 そんな彼らを前に私は赤ちゃんを触るかのような繊細な力加減で、武闘家の父から教わった対制圧術をもって相手取ることを決意した。




 ◇




「助けてくれてありがとう!あなた、すっごく強いのね」
「い、いいえ〜。たまたまだよー…」

 秒で伸してしまった五人の不良達を路地裏に転がしたままにしておけず、とりあえず広い通りに出して壁に座らせた。
 意識が戻った時に病院に行ってもらえるよう、近くの病院の住所と電話番号、それから謝罪の言葉を書いたメモをのせる。
 怪我はしないよう細心の注意を払って気絶させたため、多分大丈夫だろうが……。

 そしてその横で、先程助けた佐野君の妹さんがキラキラとした瞳でお礼を言ってくれる。

「ねえ、名前何て言うの?その制服同じ学校だよね?見たことないってことは違う学年の人?」
「え、えへへ!そんな感じ、かな?」

 妹さんの言葉にしどろもどろ返事する。答えになっていないが笑って誤魔化した。

「えーと、大丈夫?怪我はない?今から警察行く?」
「警察?」
「怖い思いをしたでしょう?またこの人達が来るかもしれないから、警察に言って周辺をパトロールしてもらったら良いんじゃないかな?あ、それとも保護者の人を呼ぶ?」

 そう言えば妹さんは「大丈夫!」と言った。

「電話したらマイキーが来てくれるって。もうこの近くにいるみたい」

 マイキーって、佐野君のこと?学校にあまり来ない彼のことはよく知らないが、不良の頂点に立つ少年だということは知っている。
 まあ、それだったら妹さんも安心かと思い頷いた。

「それなら大丈夫かな?それじゃあ私はここで……」

 そして私は妹さんに軽く会釈をし、その場からダッシュで逃げ出した。

 後ろから「あ、ちょっと!」と声が聞こえたが聞こえないふりをする。

 これ以上、人外じみた怪力女と一緒にいたって妹さんも怖いだろう。今は助けてもらった興奮で何とも思っていないと思うが、か弱い少女の面を被ったマウンテンゴリラが隣にいるのだ。

 しかしそこでふと気付く。

 やばい、妹さんに口封じしていない。

 あの不良達は路地裏という薄暗い空間で対峙したため、顔はよく見えなかっただろう。けれど妹さんには思いっきり顔を晒してしまっている。

「いや、でも大丈夫かな……?」

 学年は違うし、私は割と没個性的な顔立ちをしている。妹さんのように派手な風貌でないため、そこら辺の芋くさい女学生だと認識されているに違いない。

 それに例え学校で再会し言いふらされたとしても誰も信じないだろう。妹さんがどうとかではなく、学校で私は体の弱い大人しい子として見られている。
 まあ、そしたら彼女が嘘つき呼ばわりされてしまうかもしれないが、バックに佐野君がいるのならいじめられたりしないと思う。

 じゃあ、何とかなるかな……?

 しかしその後、私はこの時の判断を盛大に後悔することとなった。





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