『良いか?暴力で全てを解決することはできない。必要とあればやむを得ないが、そういう状況に持ち込むのは得策じゃないんだ』
『うんうん』
『父さんは武闘家として金銭を得ているが人よりも力が強いだけだ。そう言った人間こそ、人に優しく気を付けて暮らさなければいけない』
武闘家の父に小さい頃からそう言われてきたのだが、昨日ついに破ってしまった。そしてそれを父に報告すればこっ酷く叱られた。
不良に絡まれていた女の子を助けるためであったから父も大目に見てくれたが、やはり褒められた行動ではなかったのだろう。
私もそう思う。やっぱり暴力はいけない。暴力で解決することなんて何もないし肯定なんて全くできない。
昨日は不可抗力で暴れてしまったものの、これからはいつも通りに大人しく過ごそう。
しかしそれは脆くも、あっさりと崩れ去ることとなる。
「姐さん!お疲れ様っス!!」
朝学校へのんびり登校していると、昨日ノシたはずの不良五人組が待ち構えていた。
昨日のお礼参りかな?やっぱり暴力は何も解決しない。そう思いながら警察に通報しようと携帯を構えていると、彼らはざっと頭を下げて言い放った。
「…………姐さん?」
「自分らは昨日、姐さんの鮮やかな喧嘩に強く胸打たれました!圧倒的な暴力!それでいて必要最低限の制圧動作!しかも病院先や謝罪のメモを残すというスマートさ!」
不良五人組のリーダー格のような不良が大声で言う。幸い周囲に人はいないため誰かに聞かれるようなことはないが、まじでやめてほしい。
からかってんのかと思ったけれど、こんな早朝に待ち構え、いつ人が来るかも分からない道で女の子に頭を下げてくるあたり本気なのかもしれない。
いや、それならそれで本当に困るが。
「昨日までくすぶっていた自分らに姐さんの喧嘩は痺れました!もし良ければ舎弟にしてください!姐さんの喧嘩殺法を教えてください!!」
「いや、そんな大層なものでは………。ていうか人違いじゃないですか?この私が喧嘩なんてするように見えます?」
「お言葉ながら喧嘩するようには見えませんが……。しかし姐さんの姿ははっきりと覚えています!自分、目が良いんで!」
「ええ、そ、そんな、気のせいですよ〜!」
「いえ!絶対に間違えたりしません!」
勢い良く言い放つ不良の言葉に目眩がした。不良のその自信満々な言葉は悲しいことに合ってしまっている。
でも違うんだ。そんな舎弟とかいらないんだ。私には不良や抗争といった血生臭いものではなく、穏やかで爽やかな学生生活が欲しいんだ。
それから人違いだと言い張ったものの全く信じてくれる様子もなく、おまけに今にも人が来てしまいそうなものだったから、この場を収めるためにとりあえず「わ、分かりました。なのでこの件はどうか内密に……」と言って大人しくさせた。
そして自分に舎弟はいらないと断り、昨日絡んだ佐野君の妹さんにきっちり謝るようにと約束する。
「そうですよね!びしっと精算してきます!」と言って去って行ったが大丈夫だろうか。別に妹さんに謝ったからといって舎弟にするつもりはないのだが、そこら辺ちゃんと分かっているのだろうか。
不良達のメアドと携帯番号の書かれたメモを無理矢理持たされたものの、これを使う日は来ないだろう。
手元に残ったメモをポケットの中にくしゃりと中にしまい、やはり暴力では何も解決しないことを身をもって知ったのだった。
◇
そしてその日はそれだけで終わることはなかった。
「サヨちゃん、あの、二年の佐野さんが呼んでるんだけど………」
朝の出来事にげんなりとしながらも、穏やかで心優しい女友達との会話を教室で楽しんでいるとクラスメイトの女の子から呼ばれてしまった。
二年の佐野さん。
振り返れば、教室の扉から顔を覗かせる佐野エマさんがじっとこちらを見つめていた。クラスメイトの女の子が私の耳元で「あの子ってあのマイキーの妹だよね?サヨちゃん、何したの?目付けられてるの?」と心配してくれる。
そうだよね。心配だよね。こんな芋臭いクラスメイトが不良の兄を持つギャルに呼び出されたら何事かと思うよね。
そんなクラスメイトの女の子に「大丈夫だよ」と言って妹さんもとい佐野さんのもとまで行く。
思ったよりも早く見つかってしまったことに驚きながらも佐野さんの所に行けば、彼女は「いきなり来ちゃってごめんなさい」としおらしく言った。
「一年や三年の教室覗いて探してたの。昨日のお礼、きちんと言いたくてさ」
「ああ、そうなんだ。でも全然大丈夫だよ。本当に気にしないで」
そう当たり障りもなく言えば、佐野さんは「これ」と私に差し出してくる。
渡されたのは透明な包装紙に包まれたクッキーだった。
「お礼にクッキー焼いてきたの。良かったら食べて」
え、えー!これは嬉しい!体質のせいか分からないけれど、私は燃費がめちゃくちゃ悪く常に空腹状態だ。朝と夜にもりもり食べて凌いでいるが、学校ではいつもお腹を空かせているためクッキーはとてもありがたい。
「ありがとう!そんな気にしなくて良いのに……」
「でも本当に助かったからさ。………だけどすごくびっくりした!先輩めっちゃ強いんだね!」
「あ、あー!そ、そんなことないよ!ほら、その!運が良かったっていうか、当たりどころがたまたま良かったっていうか、ね!」
佐野さんが興奮気味に話し出すのを慌てて止める。
しかしそこではっとあることを思い出した。
そういえば今朝、あの不良五人組と佐野さんに謝るよう約束したのだ。今思えば昨日襲ってきた不良達が目の前に再び現れるとか怖すぎる。不良達にその気はなくとも佐野さんが嫌だろう。
「ええと、あの、ちょっと大きな声では言えないんだけど……」
「?」
そして佐野さんを手招きして教室から連れ出し、人通りのいない廊下の隅まで来てもらう。
それから再度誰もいないことを確認し、小さな声で佐野さんに言った。
「実は今朝、昨日の不良の人達と会ってね。佐野さんに謝るように約束しちゃったの」
「…………ん?」
「でも昨日のことで不良の人達に会うの嫌だよね?やっぱり私の方で止めとくよう話しておくよ」
そう言えば佐野さんはぽかんとした後、吹き出した。そして心底可笑しそうに笑みを浮かべながら「ううん」と首を振る。
「謝るって言ってんだよね?なら会ってあげるよ。私、もう気にしてないし」
「いや、でもやっぱり………。あ、それだったら佐野さんのお兄さんについてもらったらどうかな?よく知らないけどお兄さん、強いんだよね?」
「うーん、それならマイキーやドラケンについてってもらおうかな」
不良の頂点らしいお兄さんがついていれば佐野さんも安心だろう。佐野君やドラケン?という子の予定は分からないが「ごめん」と心の中で謝った。
私が佐野さんについて行っても良いけれど、残念ながら今日は母から早く帰るよう言われているのだ。
それからあの不良達は行動力が有り余りすぎているため、おそらく今日の帰りにでも謝りに来るはずと佐野さんに伝える。
「あ、それから、あの喧嘩についてどうか内密に………」
「え、何で?不良達を瞬殺したの、めちゃくちゃ格好良かったじゃん!」
佐野さんはそう言ってくれるが、実態は超人的な怪力を持つ化け物の所業だ。もし学校でそのことがばれたら村八分にされるだろう。
「あまり目立ちたくないので……」と佐野さんに言えば彼女は首を傾げながらも頷いてくれた。大丈夫だろうか……。
とりあえず、今日はあの不良五人組や佐野さんの口封じも出来たのだから良しとしよう。色々あったものの全て丸く収まったとし、私はほっと安堵した。
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