深夜の武蔵神社にて。
 パーちんこと林田の友人や親兄弟が襲われたことから、メビウスに抗争を仕掛けることが決まったわけだが……。それとは別に、総長であるマイキーは納得できないことが一つあった。

「俺、 愛美愛主メビウスの奴らぼこってねえんだけど」

 最近渋谷周辺で流れている噂に、東京卍曾のマイキーが林田の友人と彼女を助けるべく愛美愛主の連中を一瞬で沈めたというものがある。

 その場にいた総勢30名程の屈強な不良達を怪我もさせず気絶させた。そんな人間離れした所業を行った犯人が小柄だったこともあり、マイキーは疑われていたのだ。

 疑われていることに苛立っているのではない。ただその手柄をまるで横取りしたような流れが嫌でマイキーは不機嫌になっていた。
 そんな彼を横目に副総長であるドラケンが口を開く。

「パーちん、ダチの彼女は意識があったんだよな?その子は何て言ってるんだ?」
「………襲われる直前で小柄なガキに助けられたらしい。んでそいつ、警察と救急車を呼んだ後、襲いかかってきた愛美愛主の連中を沈めたみたいだ」

 人と人の間を吹く一閃の風のような動きで怪我もさせず制圧した。そして大人達が来るまでリンチされ気絶した林田の友人と怯える彼女のそばに寄り添い声をかけていたそうだ。

「信じられねえんだが、女だったらしい」
「女?」
「いや、分かんねえ。本人もパニクっていたしな………」

 林田の言葉に周りがざわめく。
 女。それを聞いてマイキーとドラケンの脳裏に以前のエマとの会話が過った。

『それより聞いて!さっき女の子がたった一人でエマを助けてくれたの!』
『お前な、漫画でもないし普通の上背くらいの女が瞬殺できるわけないだろ。よっぽどそいつらが弱かったとしか思えねえよ』
『そんなことないもん!本当に強かったの!本当にいたの!』

 マイキーと喧嘩したがっていた連中がエマをだしに連れ去ろうとしたのだ。その時彼女を救ったのは、たった一人の少女だったらしい。

「エマ」

 マイキーが集会から少し離れたところにいるエマに声をかける。するとエマは何故か焦ったように「な、何?」と返した。

「この間助けてもらった子の話、詳しく聞かせてくれねえか?」
「あー…、そのことなんだけどさ。ちょっと色々あって言えないの!ごめん!」
「言えない?脅されてんのか?」
「違う違う!本人があんまり目立ちたくないって言ってたの!だからエマから何にも言えないんだから!」

 エマのその言葉にマイキーは当てが外れたようにむくれる。
 しかしエマの態度からするに、そういった人間離れした強さを持つ少女は実在しており、この一件が絡んでいる可能性は高かった。

 そこでふとマイキーは思い出す。

 妹の交友関係は全く知らないが、マイキーの妹ということで孤立しがちなエマが最近学校で一人の少女を慕っているということを。
 給食目当てで顔を出した際に見た、品行方正な雰囲気の少女がエマのとなりで穏やかに微笑んでいたのだ。

 何故それを今思い付いたのか、彼自身全く理解できなかったが、どうもそれが気になって仕方がなかった。




 ◇




 もしかしたら私の住んでいる地域は治安が悪いのかもしれない。

 特攻服を着た少年が道を闊歩しているし、運転年齢に達していない子供が当たり前のようにバイクを転がしている。少し歩けば、柄の悪い不良に捕まることは数知れず。

 そしてそんな私の目の前にも熊のような体躯をした不良達がいた。

「おいおい、嬢ちゃん。何ガンつけてんだ。あ?」
「いえ、そういうつもりは………」

 夏になると不良が活発に活動し出すなと思い歩いていたところ、運悪く不良の彼らの目が合ってしまったのだ。
 目が合っただけでこんな(見た目だけは)なよなよとした女子中学生に絡むだなんて信じられない。

 周りを見渡すものの、人通りの少ない河川敷の道のため誰もいない。周りに人がいれば大声で痴漢だと訴えて通報できたものの……。
 どうやって事をおさめようかと、こっそりため息を吐いた。

「てめえ、話聞いてんのか?」

 目の前の不良が凄んでくるが、全くもって怖くない。
 むしろ不良達をうっかり殺してしまわないか、自分のこの化け物じみた力の方が怖い。

 とりあえずこの場から逃げようと、凄んでくる不良を気にせずクラウチングスタートの姿勢をとった。
 私が筋力のリミッターを解放して走れば車と並走することも可能だ。本気で逃げれば不良達は追いつくことも、更に言えば目視することもできないだろう。

 突然構える私に彼らが「頭のやべえ奴なんじゃ……?」と慄いているが、気にせずその場から駆け出そうとする。

 ───いざ!

 しかしその瞬間、目の前にいた不良が吹っ飛んだ。
 一人の男の子が飛び蹴りをして乱入してきたのだ。




「───あんた、大丈夫か?」
「は、はい。どうもありがとうございました」

 乱入してきたのは、同級生の佐野君だった。

 まさかあの佐野君が助けてくれるとは思わず(もしかしたら単に喧嘩したかっただけかもしれないが)河川敷の原っぱに不良達が伏しているのを横目に礼を言った。

 すると佐野君が私の顔をまじまじと見つめて怪訝そうな顔をする。

「もしかして最近エマと仲良くしてる子?」
「ええと、学校で最近よく話すようにはなったけど……」

 佐野君が想像している子が私なのかはちょっと分からないかも、とおそるおそる言えば佐野君は首を振った。

「いや、あんただよ。エマが珍しいタイプと連んでるってケンチンと見てたし」

 佐野君の話によると、給食目当てで学校に行ったところ私と妹である佐野さんが仲良く話しているのを見かけたらしい。

 最近不良(現自称舎弟)五人組から助けたのをきっかけに、休み時間になると佐野さんがクラスに遊びに来てくれたりする。
 当初ギャルと芋くさい私の組み合わせに周りから心配されたが、段々佐野さんは『隠キャにも優しいギャル』みたいな感じで見られるようになり騒がれなくなっていった。
 それに私も彼女と話すのは楽しい。

「へえ、あんたが……。名前は?」
「田中サヨです」
「田中さんね」

 一応同級生なんだけどな……と思いつつ名乗る。
 柔らかい金髪に猫のような目。東京卍層の総長ということでもっと手に負えないような雰囲気の少年かと思っていたけれど、意外と親しみやすそうだ。

 しかし佐野君は何故かまたしても眉を寄せながら私をまじまじと見る。え、何これ。今何の時間?

「うーん、どう見ても弱そうなんだけどな」
「な、何が?」
「……………最近エマを不良から助けた奴がいるんだけど、田中さん知ってたりする?めちゃくちゃ強い女の子らしいんだけど」

 佐野君の言葉にぎくりとする。知ってるも何もそれは私のことだ。

「その子、愛美愛主の連中も沈めたらしいんだよな。あ、愛美愛主って分かるか?暴走族のチームなんだが……。しかもその仕業が何故か俺のせいってことになってんの」
「へ、へえー…!そ、それはちょっと傍迷惑だったり……?」
「別に。ただ会ってみてえんだ」

 愛美愛主の一件が佐野君のせいになってしまっているのは知っていたが、彼がそれに対し特段怒った様子ではないことに安堵した。
 しかし実際に会ってみたいと言われて乾いた笑みが浮かぶ。

 そして彼はじっと私を見つめ口を開いた。

「エマが不良から助けられた日と、あんたがエマと連むようになった日がどうにも近いと思ってな。だからもしかすると田中さんがその【めちゃくちゃ強い女の子】かもって思ったんだ
「い、いや、そんなわけ………」
「不良から助けられたのがきっかけでエマが懐いてんなら辻褄が合うだろ?」

 な、なんて鋭い……!
 佐野君の動物的な勘の鋭さに驚くものの、私は「はは」と顔を引き攣らせながら笑ってみせる。

「そ、そんなわけないよ!だってもし私が強かったら、さっきの人達もどうにか出来ていたはずだし!」
「そうなんだよなあ。やっぱり人違いか」
「そうそう!」

 それに大きく同意してみせれば、佐野君が頭をぽりぽりとかきながら残念そうに言う。
 そして私は一つ気になることがあった。

「あ、あの、差し支えなければ教えて欲しいんだけど、もしその子に会えたら佐野君はどうするの?」

 もし何らかのアクシデントがあってその正体が私だとばれた場合、彼はどうするのだろうか。

 タイマン?喧嘩?お礼参り?

 それぐらいなら何とでもなるが、一番困るのは学校のみんなに言いふらされることだ。それをされると間違いなく私は村八分になる。
 暴力や抗争とかよりも、私は目に見えない差別の方が怖かった。

 そんな私に佐野君はきょとんとしながらも、あっさりと言う。

「そりゃ礼を言うに決まってんだろ」
「お礼参り?」
「ちげーよ」

 佐野君にびしりと突っ込まれる。
 そして彼はため息を吐きながら教えてくれた。

「俺らのチームにパーちんって奴がいるんだけど、そいつのダチと彼女を愛美愛主の連中から助けてくれたらしいんだ。その礼も言いてえし、エマを助けてくれた礼もしたい」

 「ま、その二つが同一人物かは分かんねえけど」と佐野君が付け加える。

 それを聞いて私は素知らぬ顔で頷き、ほっと胸を撫で下ろした。どうやら私に対して何か仕出かそうとする意思はないらしい。
 正体をバラす気は一切ないが、佐野君がその様子ならもしばれてしまっても内緒にしておいてくれるかもしれない。

「そうなんだ。その子と会えると良いね」
「ああ」

 佐野君が小さい子供みたいにニッと笑う。

 そっか。お礼か。

 私が行ったことは暴力であり弱いものイジメでしかない。けれど佐野さんや愛美愛主に襲われていた彼らの他に、こうやって感謝されるのは気恥ずかしくも嬉しかった。

「ありがとうね。佐野君」
「何で田中さんが礼を言うんだ?」
「え、あの、ほら!さっき助けてくれたお礼だよ!」

 そう慌てて言えば彼は呆れたように苦笑する。

 まさかあの佐野君とこんな話をするとは思わなかったが……。
 この化け物みたいな力で誰かを救うことができたと思うと、何だか私も少しだけ救われたような心地がした。 





 そしてその日の夜、私は久しぶりに舎弟と勝手に名乗っている不良五人組の内の一人から電話がかかってきた。

『姐さん!夜分遅くに申し訳ありません!姐さんの舎弟、南中の一ノ瀬です!』
「お久しぶりです。ええと、一ノ瀬君、何か用かな?」
『姐さん!俺のことは是非イッチーと!!』
「一ノ瀬君で」

 不良五人組のリーダー格である一ノ瀬君にきっぱりと言い切る。
 
 彼は過去に佐野さんを人質に彼女のお兄さんと喧嘩をしようとし、私がうっかり沈めてしまった不良達の一人だ。
 喧嘩殺法を知りたいとかで舎弟を名乗るようになってしまったが、たまにこうやって電話がかかってくる。

『姐さん、この間俺達のチームのスローガンを考えてくださったでしょう?そのチームが段々大きくなっていったので、そのご報告をと思いまして………』

 彼の言葉につい先日のことを思い出す。
 何でも新しくチームを作るとのことでスローガン的なものを考えてほしいと言われたのだ。
 そこで不良のイロハも知らない私は『弱い者イジメ、ダメ、絶対』だとか『暴力で全てを解決するべからず』みたいなことを適当に抜かした。

 まあ、私の正体をべらべら話すわけでもなく、自称舎弟の一ノ瀬君がチームを作っているだけ。
 決して警察のお世話になるようなものではない子供達だけのチームを作るくらいなら、どうぞ好き勝手してくれという感じだった。

 スローガンを決めてなんて言われたけど、正直この件に関して私は無関係だと思っている。

「よく分からないけどおめでとう。一ノ瀬君のチームが大きくなって良かったね」
『い、いえ、姐さんのチームです』
「うん?」

 他人事のような気持ちでそれを聞いていれば、一ノ瀬君が戸惑った様子で言う。

 うん?いや、何て?

『姐さんを差し置いて総長になるわけないじゃないですか!姐さんの正体は極秘ということもあり、仕方なく俺が総長代理としてチームをまとめていますが………』
「いやいやいや………!?」
『そうだ!それから姐さんにはチームの名前を決めてほしいと思っておりまして…………姐さん?どうしました?』

 一ノ瀬君の声が遠くに聞こえる。

 私は正直この化け物じみた怪力を持っていながらも恵まれた環境にいると自負していた。
 理解ある両親、穏やかな友人達、仮病していてもそれを信じ心配してくれる良識ある学校の先生や家庭教師の赤音先生。

 そんな人に囲まれ、この怪力で少々悩み悶えながらも、大きな壁にぶち当たったことはなかった。
 しかし今、私の目の前にその大きな壁があるのは明らかだ。

 いつの間にか不良のチームの総長に就任していただなんて誰が予想できたか。
 私はこの行動力の有り余る不良をなめていたのかもしれない。

「一ノ瀬君………」
『何でしょう?』
「解散で!」

 そうして私ははっきりと言ってやった。
 しかしチームのメンバー数が100を超えていること、また自警団としての機能を果たしているため、不良ではない学生達から熱烈な支持を集めていることから簡単には解散できないと戸惑ったように一ノ瀬君に返されてしまう。

「チームの解散はできなくとも、私総長辞めたいんだけど」
『申し訳ありません……!姐さんはチーム内ですでに信仰的な扱いになっておりまして……!!』
「そんなわけある?」


 存在を隠しているのに総長として私を成り立たせてしまう一ノ瀬君やばすぎない?むしろこの子の方がチームの総長として性に合っているんじゃない?

 そしてこれ以上メンバーを増やさず、規模を縮小し、暴力ではなく困ったことがあれば即警察に頼るように口を酸っぱくして注意する。
 またもし私の正体をばらし悪用した場合、様々な方法をもって制裁を加えることを脅し……いや、約束させた。

 自分のことを棚に上げつつ、やはり暴力では何も解決しないと思う。新たなトラブルを呼び寄せるだけだと私は改めて実感したのであった。







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