私の名前は田中サヨ。
 歳は15歳で、趣味は(自分が大量に摂取する用の)お菓子作り。表向きの特技は速読で、本当の特技は鉄バットでトイプードルが作れること!

 冗談みたいな怪力を持ってるけど、それ以外はごくごく普通の中学生!

「普通の中学生、のはずなんだけどな………」

 ───真夜中の公園。
 【メビウス】と名乗る白い特攻服を来た不良達の屍の中、私は彼らに襲われかけていた女の子の肩を抱きポツリとつぶやいた。




 ◇




 ついこの間、夜中にアイスが食べたくて出歩いていたところ、公園でたまたま白い特攻服を着た不良達(確かメビウスと名乗っていたような……)がカップルの男女を襲っているのを目撃した。
 男の子がリンチに遭い、彼女らしき女の子が男どもに襲われかけているのを見て、その場にいた30名ほどの不良達をつい沈めてしまったわけだが………。

 う、うん。ちゃんと無傷で制圧したし、フードを深く被っていたから正体がバレることはないだろう。
 しかしまたしても暴力で解決してしまった私は父に叱られた。

『良いか?きっかけが人助けであり相手に怪我をさせていないことは賞賛に値するが、まず警察に通報し、近くの民家に助けを求めなさい。サヨはまだ子供なんだから』

 そう至極最もなことを言われ、自分もその通りだと痛感する。そうそう、暴力で解決することは何もない。肯定だって絶対にできない。

 ───そしてそんな私は現在、中学三年生。

 今度こそは暴力で解決しないと誓い、この夏は高校受験に向けて勉強に集中しようと張り切っていた。




「赤音先生ー!」

 学校からの帰り道、私は一人の女性と駅前で待ち合わせをしていた。
 色素の薄い、ふわふわとした柔らかい髪に人形のように整った顔立ち。大学生であり、私の家庭教師でもある乾赤音先生だ。

 今日は先生に受験対策用の参考書を選んでもらうため、一緒に駅前の本屋に行く約束をしていた。

「サヨちゃん、急いで来てくれたの?体調は大丈夫?ゆっくり歩いてきて良かったんだよ?」
「え、えへへ!赤音先生に早く会いたくて走っちゃいました!」

 周囲から【体の弱い大人しい子】と思われていたことを思い出し笑って誤魔化す。それに赤音先生は仕方なさそうに苦笑した。

 赤音先生が私の家庭教師になってくれたのは、私が小学生の頃。そのきっかけは中々複雑なもので、父が火事から赤音先生を助けたことが始まりだった。

 数年前、父が走り込みをしていたところ赤音先生の実家が燃えているのに偶然居合わせたそうだ。
 赤音先生と先生の弟さんが取り残され、また一人の少年が救出に向かったと聞いて父も火事で燃えている家に飛び込んでいったらしい。

 3人の子供達を毛布に包んで救出したものの、赤音先生の腕や弟さんの顔には痛ましい火傷の跡が残ってしまった。
 父の身体にも大きな火傷の跡を負い、それがきっかけで武闘家として表舞台から引退し、現在は道場を経営しているわけだが……。

 赤音先生のご実家から何かお礼がしたいと言われ、両親は相当困ってしまったそうだ。

 そして当時人見知りだった私に家庭教師を付ける予定だったこと、また赤音先生自身の強い希望もあって先生は家庭教師になってくれたのである。

「そうそう。サヨちゃんって桜花女子を受験するんだよね?私の大学に元桜花生の子がいるんだけど、その子から色々と試験について教えてもらったの。プリントにまとめたから後で渡すね」

 赤音先生のその言葉にお礼を言う。

 赤音先生は私のことをどう思っているかは分からないが、私は先生のことが大好きだった。

 小学生の頃、人よりもはるかに力が強く間違えて誰かを傷付けてしまわないか怖くて孤立していた私を親身になって面倒みてくれた。

 父に恩があるため娘である私にも優しくしてくれているのかもしれない。けれどそんなことを抜きにしても、あの頃の幼い私に手を差し伸べてくれた先生には感謝しかない。

 するとその時、ふと前方から見知った顔が歩いてくるのが見えた。

「赤音じゃん。あとサヨも」

 顔に火傷の跡を負った、赤音先生の弟である乾青宗先輩と彼の幼馴染の九井一先輩だ。
 九井先輩は赤音先生の存在にどぎまぎし出すが、先生の弟さんである乾先輩はマイペースである。

「あとって何よ。サヨちゃんに失礼でしょ」

 赤音先生の言葉に乾先輩が「よお」と軽く私に挨拶する。それに私も会釈した。

 乾先輩や九井先輩も父が火事から助け出した子供達であるのだが、正直二人とは微妙に距離がある。
 というのも彼らはどこかのヤバいチームのヤバい不良らしく、乾先輩なんて一時期少年院に入っていたほどだ。

 乾先輩が院に入った時、赤音先生はそれはもう打ちひしがれた。以来二人とも反省して大人しくなった(乾先輩基準)みたいだが、今なお不良を辞めない辺り意味が分からない。

「二人が出掛けているのは珍しいな。サヨちゃん、体調は大丈夫か?」

 大好きな赤音先生の存在に慣れてきたのか、九井先輩が遠い親戚のお兄さんみたいに話しかけてくる。

 乾先輩はよく分からないが、九井先輩が私との距離を測りかねているのを何となく感じていた。

 そりゃ九井先輩からしたら私の存在は扱いづらいだろう。
 何てたって大好きな女性が受け持っている歳下の女生徒なのだ。

 気を使われてるんだよなあ。ていうかこの病弱設定いつまで続くんだろう。中身はマウンテンゴリラ並みに丈夫なんだが……と思いつつ九井先輩の言葉に大人しく頷く。

「そうか。最近暑くなってきたし気を付けろよ」

 そう言って気の良いお兄さん感を出してくるけど、この人、まじもんの不良なんだよな……。

「そうだ。最近ここらで 愛美愛主メビウスの奴らが荒れてるらしいから、用事終わったらすぐ帰れよ」
「メビウス?」

 乾先輩の言葉に首を傾げる。
 メビウス?どこかで聞いたような名前だなと呑気に思ったが、その瞬間私の脳裏についこの間の出来事が過ぎる。

 夜中にアイスが食べたくてコンビニに向かっていたところ、公園で【メビウス】と名乗る不良らがカップルを襲っていたためつい沈めてしまったのだ。
 そして乾先輩が続ける。

「白い特攻服着たチームだ。最近闇討ちにあったらしくピリピリしてんだよ」
「や、闇討ち?」
「経緯は知らんが、夜の公園でカップルを襲ってた愛美愛主の連中が正体不明のガキに瞬殺されたらしい。何でも30人以上の奴らを怪我もなく制圧したみたいだが………。大方東卍のマイキーの仕業だろうな」
「へ、へえー……」

 そんな彼の言葉に顔が引き攣った。
 そしてマイキーこと同中の佐野君のせいにしてしまっている事実に青褪める。ごめん、佐野君。本当にごめん。

「おい、イヌピー。その辺にしとけ。サヨちゃんはそういうのに耐性がねえんだから」

 罪悪感で顔を青くする私に勘違いしたのか、九井先輩が慌てて止めた。
 いや、違うんだ。何もかもが違うんだ。

「やだ。サヨちゃん、大丈夫?こんな話聞いたらやっぱり怖いよね」
「サヨちゃんはこういう話苦手だろ?控えるようにはしてたんだが……」
「悪かったな。ただお前は体も弱いしなよなよしてるから、変な奴に目を付けられそうだと思ったんだ。けど変な奴に絡まれたらすぐに俺らに電話しろよ」

 そんな3人の言葉に冷や汗がだらだらと流れる。

 不良とは何の関わりもない大人しい子というレッテルが貼られているせいで、いらぬ心配をかけさせてしまっている。
 怪力がばれないよう演技をしていたわけだが、純度100%で優しい言葉がかけられて申し訳なさで吐きそうだ。

 実は鉄バットでトイプードルを作れてしまうような女であり、むしろ私に目を付けた不良の方が危険だなんて口が裂けても言えない。

 そんな彼らに「だ、大丈夫ですよ〜!」と伝え、慌ててその場を誤魔化した。

 そしてそんな私の知らぬところで事態は大きく動いていく。




 ◇




「───……やっぱり必要以上にびびらせたよな」

 乾の言葉に隣を歩く九井が苦笑する。

 先程別れた赤音とサヨに愛美愛主について注意するよう伝えたが、サヨの耳に入れるのは過剰であったかもしれないと後悔しているのだ。

 赤音は乾の姉であるため慣れている。しかしあのサヨという少女には少しばかり刺激が強すぎたかもしれない。

「まあ、赤音さんがフォローしてくれるだろ」
「そうだと良いんだが………」

 サヨは乾や九井、そして赤音の命の恩人である人の娘だった。

 小さい頃、火事で燃える家の中からサヨの父親が命からがら3人を救ったのだ。
 乾姉弟の体に火傷の跡が遺ったことをひどく気にしていたが、当の本人が一番重症を負い、それがきっかけで武闘家として表舞台に立てなくなってしまったらしい。

 そんな恩人の娘である彼女は、不良とは一切無縁そうな雰囲気の少女で体の弱い大人しい子供だった。
 父の威を借りることもなく家庭教師である赤音の言葉を素直に聞く善良さ。乾も九井も自分達がやっていることには絶対に関わらせてはいけないと感じていた。

「なあ、イヌピー。それより本当だと思うか?愛美愛主の連中が一瞬で伸された噂」

 乾に引き摺られる形で不良になった九井は、いつか赤音の腕の火傷跡を治すために株のトレードや情報等を売買して稼いでいる(もっと稼げる非合法なやり方も思い付くが、赤音がいる手前そこまでは流石に実行しなかった)

 その中の情報の一つとして流れてきた噂。真夜中の公園で、愛美愛主のメンバー達が東京卍曾のマイキーに瞬殺されたらしい。

「正直言うと信じられないな。30人程度の雑魚を伸すだけならできるが………。話によると怪我もさせずに一瞬で気絶させたんだろ?人間技じゃない」
「………だよな。だが、愛美愛主の奴らの話だとほぼ事実だ。そいつはフードを深く被った小柄なガキで、背格好からすると東卍のマイキーだと言われている」
「ああ」
「ただマイキー自身はそれを否定しているらしい」

 九井の言葉に乾が眉を寄せる。
 ここらで強く小柄な奴と言えばマイキーしかあり得ない。しかし違うというのはどういうことか。

「じゃあ、一体誰が………」
「俺もそう思って少し調べてみた。そしたら妙な情報が入ってな」
「妙な情報?」

「そいつ、女なんじゃないかって噂があるんだ」

 乾はそれにぽかんと呆気にとられた。

「…………女?」
「何でも気絶する寸前、声が聞こえたらしい。ま、女な訳ないだろうな。きっと幻聴か、声変わり前の坊主だったのかもしれないが」

 そう言って苦笑する九井に乾はぼんやりと、一人の女の子が大勢の不良を瞬殺するのを想像した。
 それを思い浮かべ、そんな漫画みたいな奴いるわけないだろと首を振った。
 まさか先程出会った少女が当の本人だとも知らずに。






 ふと九井は世間話をするかのように口を開いた。

「………それから最近、ここらで新興勢力のチームができたってよ。総長の顔が見えないのは 芭流覇羅バルハラと一緒だが、暴走族というより自警団としての意味合いが強いらしい」
「自警団?」

 乾の言葉に九井は頷く。

「南中(南中学校)五人組は分かるか?」
「ああ、ここらのチームの総長とタイマンを張りたがってた奴らだろ」
「そいつらが設立したらしい。…………頭でも打ったのか知らんが、何故か極力喧嘩はせず一般人を恐喝・暴行するような輩を鉄拳で制裁しているそうだ」
「鉄拳」

 九井は自分でもよく分からないことを言っていると自覚している。
 しかし喧嘩上等だった不良五人組がチームを作り、何故か自警団として他の不良に絡まれる一般人を助けてやっているのは事実であった。

 乾もあまりピンときていないのか、ぼんやりと空を見上げている。

「何でも総長と呼ばれる【姐さん】のポリシーだとよ。そういうのに憧れて今もなお数を増やしている」
「姐さん」
「正体は見えねえが………。もし今回の愛美愛主の件が本当に女の仕業なら、その姐さんって奴と同一人物かもしれねえな」

 自警団に幻の女総長。

 今の時代にそんな都市伝説みたいなチームが存在するのが信じられない。
 九井や乾が所属する黒龍とはまだ接触はないが、いつかそういう日が来るのかもしれないと思うと少しばかり彼らは興味を抱いた。






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