「なんかもう私、あの2人のせいで人間不信に陥りそう……」
「そこまで重傷だったのかよ」
「だって! 私があの言葉を言った時に”偶然”鳳凰さんが通りかかるなんておかしくない?」
いや、どう考えてもおかしいし、陰謀だとしか思えない。と心のなかで付け足す。
「でも、案外世の中そういうもんだろ」
「悟ってるみたいに言わないでよー……、鳳凰さんいた?」
テニスコート近くまで歩いて来た私たちは、一旦足を止める。目が合ったりしたら気まずいので、私は足下を見ていることにした。なんて言うか、もう、この場でうずくまりたい気分だった。
「見当たらねーな……、どっか別のコートか」
「えー……、ちょっと遠野さん謝りに行ってきてくれませんか、私の代わりに」
「俺が行ったんじゃ謝る意味ねえだろ」
「いや、ほら、うちのマキが、って」
「俺はいつからお前の保護者になったんだ。自分で行ってこいアホ」
「そんな殺生な!」
私たちがぎゃあぎゃあ言い争いをしていると、さっきまでコートにいたツキさんが近くまで来て、ご丁寧に鳳凰さんがどこのコートにいるのか教えてくださった。……あれ、ちょっと待って。これ、あっくんよりツキさんについて来てもらった方が穏便に事が運ぶような気がする……。
「ごめん、やっぱり遠野くん帰ってていいよ」
ツキさんにお願いする、そう言った時のあっくんの顔はすさまじかった。でも、そんなに怒らなくたっていいと思う。だって私、帰っていいよ、って言ってるんだよ? 喜べよ! 大いに喜ぶべきだろそこは!
「マキてめえ……、人を散々振り回しておいて今更なに言ってやがる!!」
「いや、悪かったと思ってるから帰っていいよ、って言ってるんじゃん!?」
なんでキレてんの?!
「ここまで来てやったんだから、俺が最後まで面倒見てやるっつってんだよ!!」
「最初と言ってる事違うんですけど?!」
「うるせぇ! 俺が行くっつったら行く!」
「だって、改めて考えたら遠野くんだと事が穏便に運ぶ気がしないんだよ! ツキさんに来てもらうからいいって!」
私たちが言い争っている間、ツキさんはラケットを片手に黙って見ていた。仲裁に入ってくれる気はないみたい。
「つーか越知、てめーはさっさとコートに戻れよ!」
「行かないでツキさん! 遠野くんが帰りなよ!」
「誰が帰るか! ……だから、いつまで見てんだよ! さっさとコートに、」
あっくんがすごい剣幕でコートを指差したのと、ツキさんがふっと笑ったのは同時だった。
「お前たち、やはり仲が良いんだな」
ツキさんのその言葉に、あっくんはコートを指さしたまま固まった。戻れよ、と続くはずの言葉は吐き出されなかったけど、その口は開いたままだ。私も予想外の解釈に何も言えない。
「喧嘩するほど、と言うやつか」
そう言い残して、ツキさんはコートに戻って行ってしまった。
コートの方を向いて固まっていた私たちは、ゆっくりと顔を見合わせる。
「予想の斜め上だったな……」
「うん。ああいう解釈するんだ……」
ツキさんの言葉で完全に冷静になった私たちは、鳳凰さんがいると教えてもらったコートへと揃って歩き出した。
しばらく無言で歩いていると、あっくんが私の手をそっと握ってきた。
突然の事にびっくりしながら、私はあっくんの顔を見た。その表情はいつもと変わらないし、私の方を見てもいなかったけど、手を繋ぐのなんて久し振りだったから、思わず笑みがこぼれる。ほんの少しだけ、あっくんの方に身体を寄せて歩く。
鳳凰さんに謝る、という超難関ミッションはまだ終わっていないけど、この手のひらの温度があれば、もう何もかも大丈夫だという気がした。