帰り道、隣を歩くあっくんに、私は今日1日ずっと気になっていた事を訊いてみた。
「ねえ、そう言えば、志望理由になんて書いたの……?」
なにかとんでもない事を書かれていたらどうしようと、私は授業の間も、休み時間も、お昼休みも、それはもう気が気じゃなかった。
「”小学生の頃からテニスに興味を持ち、中学、高校ではテニス部のマネージャーをしています”。あとは適当に、いかに自分が有能かを並べ立てといた」
「それ思いっきり嘘じゃんーー!!」
やっぱりとんでもない事書かれてた! マネージャーなんて生まれてこの方やった事ないんですけど?! ていうかこれ、嘘書いたのバレたら怒られるの絶対私だよね?! 冗談じゃない!!
「だって私、マネージャーなんてやった事ないよ?!」
「ある程度の事は出来んだろ。あとは気合いでどうにかしろよ」
確かに、あっくんに付き合わされて、テニスに関する事とか、テーピングの巻き方とか、不本意だけど一通り覚えてはいる。いるけど……。
「気合いでどうにかなるわけないじゃん!?」
「うるせぇ。どうにかしろ」
「いやどうにもできませんから! っていうかそもそも、なんで申込みなんかしたの?!」
怒りのあまり捲し立てると、あっくんはびっくりしたように目を見開いた。「なんでキレてんだよ。お前の推薦状のためだろ?」とか、バカにしたような笑みで返してくるんだろうな、と思っていた私は、あっくんの反応に面食らってしまう。
「お前ってさぁ、マジでバカなのかよ?」
少し刺の感じられる声で毒づいて、あっくんは首を傾げる。その顔には、いつもの人をバカにしたような笑みはない。それどころか、少なからず怒っているような顔だった。いや、ちょっと待って、なんであっくんが怒るの? 私だよね? 不当な扱いを受けているのは確実に私の方ですよね?
「ちょっと待って、なんであっくん怒ってるの?」
「はあ? お前がバカだからに決まってんだろ。それ以外に何があんだよ」
「思い当たる節が全くないんですけど。しかも、あんたにバカとか言われたくない」
「なんで俺がお前の申込みしたかもわかんねーんならバカだろ。バーカ、マキのバーカ」
返ってきた憎まれ口があまりにも幼稚で、私は思わず吹き出してしまう。そしたら案の定、なに笑ってんだよ、と不機嫌そうな声と一緒に背中に軽く蹴りをお見舞いされた。
「女子に蹴り入れるとかサイテー!」
私は抗議の声を上げて背中を払い、あっくんを睨み付けてやろうとした。でも、出来なかった。私を見つめる目が、打ちひしがれたように揺れている。幼馴染みのこんな目を見るのは初めてだった。
「お前さ、ほんとにわかんねーの?」
ぽつり、と、寂しそうに呟かれた言葉に、私はどうしていいか分からずに狼狽てしまう。だって、あっくんの事だから、どうせ私をからかってやろうとしたに違いない。と思っていたのに。この態度を見る限り、どうやらそれとは別の理由のように思えて。
どう答えようか考えあぐねていると、あっくんは右手を持ち上げて、そっと私の頬に触れる。びっくりして、反射的に手を重ねてしまう。少し骨張った、私のよりひとまわり大きな手が、するすると頬を滑り落ちていく。
「……いい。忘れろ」
完全に私の頬から滑り落ちた手は、力なく重力に従った。あっくんはそのまま背を向けると、私の頬に余韻を残したまま、振り向かずに歩いて行ってしまう。
遠ざかっていく背中を追いかける事ができない私は、夕日が沈んでいく薄青の中に立ち尽くしていた。

「ただいま」
リビングに入ると、お母さんが顔を上げて”おかえり”を言ってくれた。人参を切っているみたいで、一定のリズムが聞こえている。
私はソファにカバンを下ろして、ゆっくりとジッパーを開けた。無理矢理押し込んだ封筒をそっと取り出す。
いつもは尊大で傲慢な幼馴染みの、揺れていた目、寂しそうに呟かれた言葉、私の頬を滑り落ちた手のひら。そんなものが脳裏をちらついた。
曲がった封筒を握り締めて、夕ご飯の支度をするお母さんの後ろに立つ。私はゆっくりと口を開いた。
「お母さん、あのね、」