遠野くんに勝手に申し込まれる2

次の日の朝、私はおそるおそる郵便受けを開く。「もし通知が来てたらどうしよう」「いや、いっそこのまま何もなかったふうを装えばいいのでは?」「でも、そしたらあっくんが絶対なんか言ってくるだろうし……」郵便受けを開いたまま、ぐたぐだと中を覗き込むのを躊躇っていると、 家の中から私を呼ぶお母さんの声が聞こえた。早く食べないと遅刻する、とかなんとか。
よし、と意を決して覗き込むと、中は空っぽ。ハガキのひとつも入っていなかった。

「よかったー……!」

文字通り胸を撫で下ろし、心の底から安心して家の中へと引き返す。
私がリビングに入ると、食器を拭いていたお母さんが顔を上げた。

「そう言えば、マキに封筒が来てたって、お父さんが」

ほら、テーブルの上。その言葉通りにテーブルに目を向けると、ご飯、お味噌汁、漬物、焼き魚の朝食セット。の横に置かれた封筒が視界に飛び込んできた。なにこれ嘘でしょもう嫌だ。絶望しながらも、私は封筒を手に持って眺めてみた。宛名のところには、はっきりと"高司マキ様"の文字。あっくんの笑う顔が目に浮かぶ。いや、でも待てよ、もしかしたら落選した旨の通知かもしれないよね?

「テニスの合宿って、また篤京くんの何か?」

相変わらず食器を拭きながら、お母さんは首を傾げる。テニスに関する事は大体あっくんが絡んでいるのを知っているから、そう思うのも当然だった。

「うん、まあそんな感じ」

言いながら私は封筒を開ける。不合格の通知でありますように! そう祈りながら三つ折りにされた紙を開くと、一番上に太字で”合格通知”の文字。一瞬、頭が真っ白になった。合格通知、合格……。頭の中で何度も反芻して、やっと私の祈りが通じなかった事を理解する。嘘でしょ……。
紙を持ったまま固まっている私を見て、食器を拭き終わったお母さんは眉をひそめる。「早くご飯食べちゃいなさいよ」そう言い残して、お母さんは洗濯物を干すべくリビングを出て行った。

「もう嫌だ……」

リビングに取り残された私は、絶望のあまり言葉を吐き出す。
「だって、日本代表の合宿?」「マネージャー経験なんてゼロの私が?」「そもそも、あっくん志望理由になんて書いたんだろ……」ダメだ。考えれば考えるほどお腹痛くなってくる……。そんな私の心情を嘲笑うように、朝ご飯のお味噌汁からは、のんびりと湯気が上がっているのだった。

  

教室に入るなり、私は真っ先に友達と談笑しているあっくんのところへ向かった。私が来るのに気づいたあっくんは、友達の横から顔を覗かせて「どうだった?」と笑いながら訊いてきた。私は無言で封筒を突き出す。封筒を受け取ると、あっくんはみんなの前で”合格通知”と書かれていた紙を広げ始めた。

「おー! 合格だって! これテニスの合宿のだろ? すげーじゃん、高司」

紙を覗き込んでいた佐藤くんはそう言って、私に笑顔を向ける。私はうまく笑えなくて、返せたのは引きつった笑顔だったと思う。
佐藤くんの言葉に、教室は途端にザワザワと騒がしくなる。

「まあ、当然だろ」

特に喜んだふうもなくそう言って、あっくんは紙を封筒に戻して私に差し出す。抗議の意味を込めて受け取らずにいたら、制服のポケットに無理やりねじ込まれた。

「つーかそんなん推薦めっちゃ有利じゃね? いいなー」
「その合宿、有名人とか来たりして!」
「あー、キミ様とか?」
「スパルタじゃない事を祈っとくわ」
「まあ、篤京も一緒だしな。なんとかなるだろ」

男子グループは口々にそう言ってから、「じゃ、頑張れよー!」と声を揃えて私に激励を送ると、また談笑を再開してしまった。私は、談笑に加わるあっくんを睨みつけてから、しぶしぶ自分の席に向かう。
席についた途端、今度は仲の良い女の子グループに机を囲まれてお祝いの言葉をかけられた。また引きつった笑顔。男子とは違って、女子はさすがに鋭い。私の笑顔を見て、彼女たちは心配そうな顔になる。

「もしかして、マキうれしくない?」
「まあ、遠野くんも一緒じゃねぇ……。ちょっと大変そう」
「でも、マキちゃん絶対行った方がいいよ! 受験の時とか有利じゃない?」
「そうそう。だって日本代表だよ? めっちゃすごいじゃん!」

この状況で、遠野が勝手に申し込んだので行きません。とか言ったら、絶対ヒンシュク買うやつじゃん……。そう思いながら、チラッとあっくんを見ると、案の定、ニヤニヤと笑いながらこっちを見ていた。あいつ、こうなる事を見越して申し込んだな……! 本当に、そういう頭だけはよく回るんだから……。私はまたあっくんを睨みつける。
その時、始業のチャイムが鳴った。「じゃあ、合宿頑張ってね!」とみんなで声を揃えると、彼女たちはそれぞれの席へ戻って行く。
それと入れ替わるようにして隣の席についたあっくんは、「まさか、行かない、なんて言わないよな?」と勝ち誇ったような顔をする。私はしかめ面をしてみせて、無理やりポケットに入れられて曲がった封筒を鞄の中に押し込んだ。


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