昨日あんな事があった所為で、私はなかなか寝付けなかった。やっと寝られたと思ったら、猫耳の生えたあの3人に追い掛けられる悪夢を見て目が覚めるし、それが正夢になるんじゃないかともう気が気じゃない。
私どうかしてた。とか思いながら時計を見ると、針は朝の8時を指していた。結局全然眠れなかったな。ふらふらとベッドから這い出て、カーテンを開ける。眩しすぎる朝の光に浄化されそうだった。むしろ浄化されてしまえと思った。
「なまえ、入るぞ」
やばいハレさんだ。頭に猫耳が生えたハレさんだ。どうぞ、と返事をして身構える。私の末路はきっと1円玉だ。
扉が開いて、ハレさんが顔を覗かせる。その頭にはやはり猫耳。黒だった。ああもうきっと悪夢だ、ナイトメアだ。私は無言で土下座する。
「土下座をすると言う事は、やはり生えているんだな……」
上から呆れたようなハレさんの声が降ってきた。
「ばっちり生えております。因みに黒です。こんな事言うのは難ですけど、違和感様仕事して下さい」
今度は溜息が降ってくる。
「顔を上げろ。私生活にさほど支障はない。猫になれと願われなくて良かった」
言われた通りに顔を上げると、ハレさんがちょうどソファに腰を下ろすところだった。うっわ、優雅だ。頭にあんなもの生やしててもハレさんはハレさんだな、と心底思った。て言うか、黒似合いすぎじゃありません? いや、本気で違和感仕事して。
「ほんとごめんなさい。もう、1円玉にされても文句は言いません……!」
「そう思うのなら、ひとつ頼みたいことがある」
「わかりました……。”自害しろ”と、そういうことですね」
そう言いながら、超大真面目な顔で窓枠に足をかけると、ハレさんはソファから腰を浮かせて、必死の形相でめちゃくちゃに手を振りまくる。
「違う違う違う!! 仕事の書類を私のところへ持ってくるのを任せたいというだけだ!!」
「書類を……?」
私は、首を傾げながら反対側のソファに腰掛ける。ハレさんは、そうだ、と頷いた。
「こんな耳の生えているところを部下に見られてみろ。この先1ヶ月は笑いのネタにされるだろう」
眉間に手を当てながらそんなことを言われて、まあそうですよね。なんて軽々しく言えるはずがない。
私は黙って下を向いた。今頃、OVERさんとギガさんはどうなっているんだろう、と胃に穴が開きそうな思いで考える。
ダメだ。最悪なヴィジョンしか浮かばない……!!
「いつもはカネマールが私のところへ書類を持ってくるんだが、なんとかうまく言いくるめて、お前が書類を持ってきてくれ」
私は神妙に頷く。1ヶ月間笑いのネタにされるかもしれない危険に晒してしまったんだから、このくらいはしないと……。っていうか、この猫耳いつかは消えてくれるんだよね?そうだよね?頼むからそうであってくれ切に!! そう願いながら、私は書類を受け取るべく部屋を後にした。
なんとか言いくるめて、とは言われたものの、どうやってカネマールさん言いくるめよう……。
そんな事を考えながら、豪華な調度品やら絵画やらで飾り立てられた廊下を歩いていると、向こうから、カネマールさんが手に持った書類をパラパラとめくりながら歩いてくるのが見えた。うわやばい。あれ絶対書類持っていくところだ。言い訳まだ考えてないんですけど……!!
「あ、なまえ」
私に気づいたカネマールさんは、仕事中の真剣な顔から、いくらかやわらかい表情になる。でも、すぐに眉をひそめて、私の左右の空間に目を走らせた。
「珍しいな。ハレクラニ様が一緒じゃないなんて」
いきなり核心ついてきたこのひと!!
いやちょっと待ってまだ言い訳考えてないんですけど?! 私は内心めちゃくちゃ焦りまくる。
私が今そんな状態だとは知る由もないカネマールさんは、じゃあこの書類部屋まで持ってかないとだな。と軽いため息をついた。
いや待って!! 頼むから行かないで!!
「そ、そう言えば私、ハレクラニさんにカネマールさんから書類受け取ってきてって頼まれてたんでした!! なので、その書類私が持って行きますね!!」
私は一息に捲し立てると、カネマールさんの手からひったくるようにして書類を奪い取る。
書類を奪われたカネマールさんは、怪訝そうな顔で私を見つめる。そしてその顔と同じくらい怪訝そうな声でこう言った。
「なんで客人のお前にそんなこと頼むんだ?」
「い、いや、その、ええと……、お、お世話になりっぱなしも悪いので、何か手伝える事があれば、って私が言ったんです!!」
「なんだ、そうだったのか。じゃあ、遠慮なくお願いするよ!」
カネマールさんは、怪訝そうな顔から一転して、パッと笑顔になった。それから「良かった〜!」と、安心したような顔で胸を撫で下ろす。
「なにがですか?」
書類を整えながら尋ねると、カネマールさんは苦笑しながら頭を掻いた。
「いや、実はさ……、オレ、あの人に1回だけ1円にされた事があって。それがトラウマで、ハレクラニ様に書類届けるだけでもめちゃくちゃ緊張しちゃって」
「今でも思い出すと足震えるし」カネマールさんは冗談でも言うみたいに笑いながら言ってるけど、これ絶対精神崩壊レベルだと思うんだけど……。だって、生物から物質に変えられるんだよ? どう考えたって怖すぎるでしょ……。
「じゃあ、書類よろしくな!」
カネマールさんはそう言うと、片手を上げて元来た廊下を引き返していった。
良かった……! 取り敢えず猫耳の事はバレずに済んだ……!! でも他の2人がめちゃくちゃ心配……。そう思った私は、ハレさんに許可を貰い、2人の元を訪ねることにした。謝罪も兼ねて。