夏の気配のする風が、街路樹を揺らして通りすぎる。初夏の夏島。青い海と空。
絶好のバカンス日和に、”キャプテンとベポが買い出しから戻るの待機組”のシャチとシイラとペンギンは、カフェのテラス席で優雅に午後のティータイムと洒落込んでいる。
三人の前にはそれぞれ、コーラ、アイスティー、アイスコーヒーが鎮座していた。中身は半分ほどに減っている。
「けっこう時間かかってんな、キャプテンたち」
椅子の背にもたれたシャチがそう言ってコーラを啜る。ズズズと音がし始めた。
「そうだね、……様子見に行った方がいいかな?」
シイラもそう言ってアイスティーをひとくち飲んだ。カラン、と氷が涼しそうな音を立てる。
「いや、大丈夫だろ。ベポだけってなったらちょっと心配だけど、キャプテンが一緒だしな」
ペンギンはそう言ってピッチャーからミルクを注ぐと、カラカラとアイスコーヒーをかき混ぜた。黒と白がやわらかなカフェオレ色に変わる。
確かに。シャチとシイラは安心しきった顔で頷く。キャプテンが一緒なら、不安なことなどまず起こらない。三人は完全にリラックスしきっていた。
一人と一匹が帰ってくるまで、このまま穏やかに時間が過ぎていってくれるだろう、そう三人が思いはじめた矢先に、それは起こった。
「ねえ、お姉さん」
完全に椅子の背もたれに背中をあずけてくつろいでいた三人は、聞こえた声に顔だけを持ち上げた。テーブルの正面には、見るからにチャラチャラした青年が、身を乗り出すようにテーブルに左手をつき、右手でサングラスを持ち上げてにやにやと笑っている。突然湧いて出てきた青年に、シャチとペンギンは、もうこういうの面倒くさいから勘弁してくれ、と思った。シイラはというと、青年の目元のばっちりとサングラスの形になった日焼けが気になって仕方がない。この人、もしや気づいていないんじゃないだろうか。自他共に認めるお人好しのシイラは、鏡を持っていなかったかと服のポケットを探りはじめる。……どうやら持ってきていないらしい。
どうしたものかとシイラが目を向けると、青年は一層笑みを深くする。
「お姉さんさ、こんなむさい男じゃなくて、おれと一緒に遊ばない?」
シャチとペンギンが背もたれからゆっくりと背中を離す。あまり穏やかでない空気が流れるが、シイラは青年の日焼けが気になってそれどころではない。だって絶対に恥ずかしいやつだ。加えて、話しかけられた内容の意味もよくわからなかった。むさい男が、いったいどこにいるというのだろう。シイラはきょろきょろとあたりを見回す。
「……誰のことだろうね?」
シャチとペンギンにそう訊くと、二人はそろって吹き出した。それから、さあ?と震える肩をすくませて声をそろえる。
「てめェらのことだよ!!」
青年渾身のツッコミ。はっきりと名指しされたシャチもペンギンも黙ってはいない。
「おっとォ、売られたケンカじゃ買うしかねェな」
「いくらで?」
「んー、5Bくらい?」
「やっす!お買い得じゃん!」
青年をからかって遊ぶシャチとペンギン。さすがに青年も黙ってはいない、顔を真っ赤にして拳を振り上げる。一触即発の空気のなか、さっきからじっと青年の顔を見ていたシイラが唐突に口を開いた。
「誰か鏡持ってる?」
一瞬、場の空気が無になる。……鏡?男三人の頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。シイラはいたって真剣な表情で切り出した。
「お兄さん、ちゃんと鏡見たほうが良いと思うんです。だって……、」
サングラスの形に日焼けしちゃってる。肝心のシイラの言葉は、シャチとペンギンの大爆笑によってかき消されてしまった。振り上げた拳をそのままに、真っ赤を通り越してもはや顔面蒼白になっている青年は、さすがに2対1で武力行使に出るのは武が悪いと踏んだのか、なんだかよくわからない捨て台詞を吐きながら足音荒く離れていった。
「はー、サイコー……!」
「容赦ねェなシイラ……!」
シャチとペンギンが大爆笑した理由も、青年が肩を怒らせて足音荒く離れて行った理由も、シイラはいまいち理解できていない。二人の自分に対する発言はどういう意味だろうと首を傾げた。その様子を見て、シャチとペンギンはシイラの「鏡見ろ」発言がそういう意図をしていなかったのだと知る。
「あー……、もしかして、本当に善意で言ってた?」
「え?うん……、だって見たでしょ、あのひとのサングラスの日焼け。あんなの絶対恥ずかしい!」
だから教えてあげたほうがいいと思って。とシイラはつぶやく。
天使!ここに天使がいます!シャチとペンギンは声を大にして叫びたかった。
「あーでも、むさい男、はカチンときたな」
「おれもー! まあ、シイラのおかげで笑えたけど」
「え、むさい男って二人のことだったの? それじゃ、ひどいね」
シイラは本気で怒っているようだ。きっと青年の日焼けが気になりすぎて会話が入ってこなかったのだろう。タイミングがズレまくっているが、シイラが自分たちのために怒ってくれているのは悪い気がしない。シャチとペンギンは顔を見合わせて笑った。
「おれら思いっきり名指しされてたよ」
「てめェらのことだよ!!ってな」
シャチの声真似に笑う三人。でも、とシイラが呟く。
「ふたりともカッコいいのにね」
風に攫われた髪を耳にかけながら、シイラは笑う。ハートの船員がハートを奪われるなんて笑えない冗談だ。シャチとペンギンは顔を見合わせて苦笑した。