なによりも輝く永遠の少女たち
「大丈夫ですか?」
夢の世界に飛んでいた俺を呼ぶのは知らない少女の声。エイリークやミルラ、ラーチェルやターナのものとは違うが、柔らかく可愛らしい声だ。耳に入るそれがとても心地いい。
大丈夫か、と聞かれていることに気づいたのは三秒後。跳ねるように飛び起きて目を見開いた。驚いた顔をしたオレンジ髪の少女が目に映る。ああ、さっきの声は彼女のものか。誰だ。
そして気づく。ここはどこだ。寝呆けて見知らぬ場所まで来た……というわけではないな。思い出せ。
まず俺はなんなんだ。違う俺はエフラムだ。取り敢えず落ち着け、俺。
……ああ、確か城を抜け出したんだ。それでそのまま静かな場所を求めて歩いてたら、知らないところまで来て……花畑に木陰があって、そこで休んでたら寝てしまって……なんで城を抜け出したんだ?
「目、覚めました? びっくりしましたよ、こんなところに知り合い以外の人がいるなんて珍しくて」
少女は力のこもらない顔で笑った。いや、力のこもらない、というのは多分的確な表現ではないと思う。
覇気のない、……じゃなくて、そうだな、儚い、というのが一番しっくりくるか。ゼトはなかなかこんな風に笑わな……。
……あぁ、城から抜け出した理由を思い出した。式典だ。俺が王に即位してから一年の式典。
堅苦しいのは嫌いだし半年の式典にはきちんと出席したからもういいだろうと、抜け出したんだ。ゼトに怒られるな。
そしてそのまま寝た、と。エイリークに知られれば果たしてどんな言葉が返ってくるか。意図せずため息を漏らすと、少女が困惑したような顔をした。
「こんなところで寝ていると、風邪をお引きになられますよ」
「あぁ、すまん……お前は?」
記憶の中には彼女の顔はない。城下町に多々出ることはあったが、やはりそこでも彼女は見たことがない。
いや、国民一人一人の顔を覚えているか、と言われれば答えは否だが、それでも少女の顔は記憶にひとつも引っかからなかったのだ。
笑みを崩さず、少女は言う。
「ファーストネームと申します。ええっと……あなた方とは違う種族なんですが、分かりますか?」
違う種族? ミルラのようにマムクートか何かか? その割りにはあまり身体的特徴がないような気もする。
よくよく目を凝らすと、彼女の――ファーストネームの背後には薄い何かが浮いている。まるで……そう、妖精の羽根のような。彼女にこう言われなければ気づくこともなかったかもしれないほど、薄いものだ。
「エルトナ≠ニ呼ばれております」
「エルトナ?」
何処かで聞いた気がする。リオンやエイリークと共に学んでいた時のものだろうか。やはり思い出せない。くそ、こんなことなら真面目に聞いておくべきだった。
自分の性格がこんな形で災いするとはまったく思っていなかった。どうにかして思い出せないものか。そんな俺の悩みは、彼女から出されるヒントにより解決する。
「そうですね……確か太陽の妖精≠ニも呼ばれていますよ」
「……あ」
思い出した。
伝承の中で、太陽の遣い≠ニして記されていた種族だ。
光を愛し、戦乱を終焉へ導くもの。この少女が戦乱を終焉へ導くかどうかは置いておいて、なるほど確かに、ファーストネームは太陽の光がよく似合う。
……ミルラの時もそうだったが、信じがたいな。
人でない証拠である羽を見ているので信じるしかないが、マムクートもエルトナも、俺にとっては御伽噺だったのに。
「伝承の中だけの存在だと思っていたが……」
「あまり人前に出ませんからね」
苦笑いを浮かべて、ファーストネームは手に持っていたらしい花を編んでいく。花冠でも作っているのだろうか、と彼女の手元を覗くと微笑まれた。ふわりとした笑顔は形容するなら太陽のような笑顔≠セろうか。
なんとなく気恥ずかしくなって目を逸らす。少しの無言が気持ち悪い。話題は何か、と探し始めて名乗っていないことを思い出した。
「自己紹介がまだだったな、俺は……」
「エフラム王、ですよね? お噂は常々聞いております」
噂? 目線でそう聞けば頷き返された。
……民にはいったいどんな噂が広まっているのだろうか。その噂はどこから漏れ出したのだろうか。頭を捻ればファーストネームが「先の戦争でのご活躍です」と。ああそうか、そんな話なら確かに噂になっても仕方ないか。
ともかく幼少の頃の恥ずかしい話や、根も葉もない噂ではないので安堵する。今度はファーストネームが話題を提示した。
「そういえば……王、何故こんなところにいらっしゃるのですか? ここはエルトナのみが住んでいる地域です。エルトナの誰かに何か用が?」
「ああ、いや……今日は俺が即位して一年の式典なんだがな、その式典が嫌になって抜け出したんだ」
嘘をつく必要もないのでありのままを伝えれば、ファーストネームは目を丸くした。それほど可笑しい話でもないと思うのだが、どうだろう。いや、王が城を抜け出すこと自体がおかしいのか?
「……王、それって大事なのでは」
「だろうな。今は多分ゼトが血眼になって俺を探してるはずだ。……ここの方が落ち着くな」
王に即位した今でも常々思うのだが、俺はやはり王には向いていない。城の堅苦しい雰囲気や荘厳な意匠、しきたりやマナーといったものが好きじゃない。息が詰まりそうになって死にそうだ。
その点ここはいい。広いし、花に学がない俺でもやはり綺麗な花は癒されるし、なにより堅苦しくない。
「怒られちゃいますよ?」
「……エイリークとゼトからは三時間の説教を食らうだろうな」
それも想定した上で城を抜け出したわけだが、……想像したら吐き気がしてきた。あの二人だけじゃないな、カイルにも怒られる。
いくら覚悟しているとはいえ気分はいいものではないので、すぐに思考を散らした。ここにフォルデを連れてきたら、フォルデはここの風景を見事に描くのだろうな、と。
……あまり散っていなかった。脳内にフォルデが出てくればカインも出てきてしまいやはりため息。
そしてそのため息に反応するように、ファーストネームが眉をハの字にした。
「お送りできたら出来たらいいんですが、もうすぐ日がくれてしまいますので……」
「? ……夜になると都合が悪いのか?」
聞くと、彼女は太陽を見つめた。目が痛くないのだろうか、とイマイチ場違いなことを考えながら彼女を見ていたので、彼女の目の中に苦しみが混ざったのは見逃さなかった。
「エルトナ≠ヘ灯りを失うと消えてしまうのです」
「……何?」
「太陽の妖精、というのは名前だけじゃなくて……その存在にも関わってます。灯りを失うことは、私達の存在の源がなくなってしまうのと同じなので……私たちも灯りを失うと同時に消えてしまいます」
だから家ではずぅっと灯りを付けっ放しです、お金もバカになりませんよ。
そう茶化して言うファーストネームが困惑の表情の奥底に憤怒が秘められていることを、何と無く悟った。
どう声をかけるべきか分からなくなって、沈黙。その静寂はすぐさま、小さな影によって破られた。
「おねーちゃん!」
「あ……おかえり、シラ。ちゃんと羽は隠しておいた?」
「うんっ」
ふわりと暖かな風を起こしながら舞い降りてきたのはファーストネームに良く似た風貌をしたシラと言うらしい女の子だった。シラがファーストネームのことをお姉ちゃん≠ニ呼んだということは、姉妹だろうか。
実年齢はともかく見た目はミルラと同じくらいだ。まだまだ幼い子供か。
「! ……おにーちゃん、人間……?」
「あ、あぁ」
「シラ、この方は大丈夫。ほら、ルネスの王様の、エフラム様よ」
「……ほんと?」
たどたどしい、というよりも怯えを含んだ声を出されたので、出来る限り優しい声で返答する。ぎゅっとファーストネームの裾を握るシラの怯えは、ファーストネームがシラの頭を撫でることで少しだけ緩和されたらしい。
俺を一瞥し、軽く会釈。礼儀正しい。そしてそのままファーストネームを見上げた。
「おねーちゃん、ままは?」
「……お母さんは遠いところにいるからまだ、帰って来れないわ。ほら、先に帰って手を洗ってきなさい」
シラは素直に頷いて目線の先にあった小屋へ向かっていった。その方向を見つめるファーストネームの顔からは血色が消えて、表情という表情も無くなっていた。
そうして、察した。聞いてもいいものだろうか、と悩んだが、多分俺が察したことも彼女はわかっているだろうから、聞いてみる。
「ファーストネーム、君の母上は……」
「……エルトナを快く思っていない人間に迫害を受けて、光のない場所へ閉じ込められ……消失しました」
ああ、やっぱりさっきの瞳の奥に揺らいだ悲しみと憤怒は、こういうことなのか。
どうして迫害を受けなければならないのか、分からない。人間は、少し自分と違うからと言って別の種族を無碍に扱ってもいいのか。……そんなはずはない。生きている以上、すべて同じだけの命の重さだ。
それなのに差別が、迫害が起こってしまうのは、何故だ。それを止める方法は……王である俺が。
「ファーストネーム、突然で悪いが……今日は泊めてもらえないか?」
「……え? お城には……」
「今日帰っても明日帰っても怒られるなら、明日帰ってしまおうと思ってな」
王である俺が、エルトナに歩み寄ればいい。エルトナが自分たちと何ら変わらない存在だということを示してやればいい。
ファーストネームさえ嫌がらないなら、俺はエルトナを、そしてファーストネームという存在≠もっと知りたいと思った。ああ、自分の身分をありがたく思ったのは初めてだ。
――これは俺とファーストネームの、ある日々の小さな噺。
なによりもかがやく永遠の少女たち
(きみのことをもう少し知りたくなった)
title…王さまとヤクザのワルツ
2014.02.09 加筆修正