あの娘の本命の行方が知りたい
ボクはこの季節が割と好きだ。寒いのはあんまり得意じゃないし布団から出難くなる季節だけれど、それはそれとして、という話。
2月。いわゆるバレンタインデーの季節で、その日は人の好意が表に出る日。ボクはこの日をとても好ましく思っている。
この国の人は謙虚だ。それは確かに美徳なのだけれど、ボクから見ればそれは少し過ぎる≠謔、に見える。自分のしたいこと、想いを抑えるのは確かに時には必要なんだろうけどね? でも、我慢のし過ぎは毒だ。
だからこそ、この自分の気持ちを──羞恥のためにできないということはあれど──伝えられると公にされているバレンタインデーの日はとてもいいものだとボクは思う。
そんなわけで。ボクもボクで、男ながらに。日頃の恩返しとして、みんなにチョコレートを渡している。ボクは普段からやっている事だけれど、だからといってこの日にやらない、という理由は無いからね。……出来合いだけれど。
「ニシキ、おはよう。今年も?」
「あ、おはようファーストネーム! そりゃあ勿論、普段みんなに良くしてもらってるからね、その恩返しさ」
僕の後ろから肩を叩いたのは幼馴染で隣のクラスのファーストネームだった。僕が毎年こういうことをしているのは彼女も知っているから、今更怪訝な目はされない。
けど、よくやるね、という顔はされてしまった。うん、そうだよね。そのくらいの反応は貰わないとボクだって逆に気になってしまうからこれでいいよ。
そっか、と笑うファーストネームの目には少しだけ緊張の色が見て取れた。
……緊張? どうして、と一瞬考え込みそうになったけれど、今日が何の日かを思い出して──そして彼女自身の行動によってその思考は中断される。
ファーストネームはボクの鞄を勝手に開いて、自分の鞄から取り出したらしい小包をボクの鞄に押し込んだ。
「じゃあ、はい。これ、ニシキの分ね」
「え、あ……ボクに? いいのかい?」
「毎年あげてるでしょー? 友チョコを作るついでに出来たので悪いけど……」
「いやいや、そんな、とんでもない! ありがとう、ファーストネーム。この恩返しは……」
「ホワイトデーで、ね? 今のそのチョコはいいから、ほかのお世話になった人に渡してあげて」
毎年、こうやってファーストネームからチョコレートを貰うのはボクの密かな楽しみだ。彼女はいつも丁寧にチョコレート菓子を作っているから、どんなものを毎年くれるのかと楽しみにしている。
……けど。ボクが気になったことはそこじゃない。今年もくれるのかな、なんてことを気にしているわけじゃない。そりゃあ貰えなかったら多少はショックを受けると思うけど、そこに関してはファーストネームを信頼しているから──こんなことで信頼なんておかしいかもしれないけど──、そこに関してはそもそも思考に至らなかった。
緊張の色が見て取れた、その意味は。今更幼馴染に渡すチョコレートに対して、緊張なんかしないはずだ。友チョコだって同じように。
……だったら、つまり、それは。普段と違うチョコレートを誰かに渡すということで、そんな緊張して渡すチョコレートということは、その種類はひとつしかない。
「ねえファーストネーム、キミは──」
「……あっ、もう、ゆっくり歩いてたら時間が。ほら、ニシキ早く行くよ!」
「えっ、あっ、待っ──」
そんなに時間経っていたっけ、と時計を見ればたしかに。この速さで歩いていたら間に合わなくなってしまう。恩返しのために学校に間に合わなくなった、なんていうのは笑い話もいいところだ。そんな真似はさすがに出来ないから、ボクも前を早歩きで行くファーストネームの後を追うことにした。
……少し開いたファーストネーム鞄の口から、さっきボクがもらったそれとは違う様相をした小包が顔を覗かせている。
†††
結局ファーストネームのおかげでボクは遅刻をすることなく、始業に間に合った。少しギリギリだった感じはあったけれど、チャイムも鳴っていなかったしセーフだよね、セーフ。
これはファーストネームにまた感謝しないといけないな。来月のホワイトデー、いつもより少し豪華にしておこう。
なんて考えていたからか。それとももっと邪な理由だったのか、今ちょっと振り返りたくはないけれど。
ファーストネームの鞄の口から見えたあの様相の違う小包が、どうしても脳裏から離れなかった。今まではあんなのを誰かに渡す素振りなんてなかったのに。おかげで授業が半分も頭に入ってきてないよ。
……そりゃあ勿論、幼馴染だからといってなんでも知っているわけじゃないし、いつの間にか好きな人が出来たとか……それこそ恋仲になるような人が出来たとかであっても、ボクに報告する義務は一切ないから、ボクが知らないのだって当然のこと。
今はクラスも別々だし、委員会も部活だって違うものをしている。知らないことがあって普通なんだ。そんなことはわかっているんだけど。
(……なんだか、な……)
胸の奥が凄くもやもやして気分が晴れない。どうして、という疑問よりもなによりも、誰に、なんていう疑問が頭を掠める。
ああ、やだなぁ、美しくない。こんな気分のまま来月のホワイトデーをちゃんと迎えられる気がしないよ。もしも恋仲の相手がいるのなら、ボクが友チョコを貰うのだって……寂しいけれど本当は良くないだろうし、ファーストネームに返すべきだ。
昼休みのチャイムが鳴る。……お昼ご飯はあとで急いで食べるとして、ファーストネームにその事を聞いて、もし恋仲の相手がいるのならこのチョコレートは返そう。
そう思ってボクは席を立った。
隣のクラスに行くだけなのに、随分と思考が濁流を起こしてる。おかしいな、ボクこんなに考え込む性格だったっけ?
……本当に、恋仲の相手がいたならどうしよう。ボクはもうファーストネームと一緒にいることは出来ないのかな。うん、だって一応ボクは男で、ファーストネームは女の子だ。幼馴染だと言っても、きっといい気はしないだろう。
「嫌だ、な」
ぽつり、と漏れた言葉に思わず一度足を止めた。
……嫌だ、何が? ファーストネームと遊べなくなることが? それとも。
なんだか困ったことに気づいてしまいそうだったから、無理矢理に足を進めて、すぐ近くにあった隣のクラスの扉をくぐり抜けた。ファーストネームは、どこだろう。
「んあ、ニシキ? ここお前のクラスじゃねーぞ?」
「おっと、やぁフランネル。ええっと、別にクラスを間違えた訳じゃなくて……ファーストネームを探してるんだけど」
「ファーストネーム?」
友人のフランネルがクラスの子に聞いて回ってくれる。それを待ってる間、どうしてか気持ちが少しだけ逸っていた。そわそわ、と辺りを見渡してもファーストネームはいない。……教室には、居ないのか。どこに行ったんだろう。
「あのな、ニシキ」
「ん……ごめん、聞いてくれたんだね、ありがとう。この恩返しは──」
「今はいいって、ファーストネーム探してんだろ? なんか、鞄持って下駄箱の方行ったらしいんだけど」
「……え」
鞄を持って。つまりそれは、あの様相の違うチョコレートを持って、ということだろう。
行かない方がいいのかな、とも思った。それを渡しに行くのは、きっとファーストネームだってたくさんの勇気を振り絞って行動に起こしたのだろうから。その勇気を無駄にする行為はやめるべき、なんだと思う。
「……うん、ありがとうフランネル!」
それでもボクは、どうしても気になってしまって、下駄箱の方へと足を向けた。……後悔する選択なのかな、これは。でも何も知らないままこのチョコレートを受け取るのは、なんだか違うと思ってしまったんだ。
だからなるべく駆け足で、迅速に。ボクは彼女の元へ向かう。
†††
それから程なくして、ボクは彼女の姿を見つけた。フランネルが言った通り、下駄箱の前に彼女はいる。誰かを待ってる風ではなくて、下駄箱を見るようにして。きょろきょろと彷徨わせる視線は、誰も人がいなくなる時間を見計らっているのかな。この時間はそうそう人いなくならないと思うんだけど。
ということは、ここで誰かを待っている、というわけではなさそうだ。どちらかというと、下駄箱にいれようとしてるのかな。
そんな予想をつけてから数秒遅れて、彼女の手にあの小包があることに気づいた。……ボク、そんなことにも気づかないくらい気が動転しているのかなあ。
きゅ、っと胸が痛くなった。彼女のそれを見届けてしまったら、ボクは次からどんな顔をして彼女に会えばいいんだろう。その恋仲の相手とはどんな言葉を交わしたらいいのだろう。そもそも、彼女たちの前に現れない方がいいのかな。
こんなことを考え込んでも、答えは出ない。分かっている。だったら、直接聞いてしまった方がいいよね。それで少し傷つくことになったとしても、それで変によそよそしくなって彼女を傷つけるよりは!
「やぁファーストネーム、こんなところでどうしたんだい?」
「ひゃわぁっ!? あぐっ」
「えっ、あっ、ごめんね!?」
あくまで今来たところ、を装って彼女に声をかけたら、彼女はボクの予想以上に驚いて飛び退こうとしてしまった。……もちろん、声をかけられた反対側には下駄箱があるから、そちらに飛び退いて下駄箱に思いっきり衝突してしまっている。ああ、ごめん……流石にそこまでの配慮は出来てなかったな。
くるりとこちらを振り返ったファーストネームは、下駄箱に体を預けたままだ。少し額が赤いし、涙目になっている。大丈夫かい、と声をかけたら大丈夫、と返ってきたから多分本当に大丈夫なんだとは思う。……少し心配だから後で無理矢理保健室に連れていこうかな。
「ん、ぅ、ニシキ……」
「うん、ボクだよ。誰かの下駄箱を探してたのかな?」
「ま、まぁ、そう……だけど……」
「ボクも一緒に探してあげるよ、いつものお礼にさ。誰の下駄箱を探してるの?」
「……も、もう見つけたから、平気……」
「そうなの?」
彼女はその場を動こうとしない。……つまり、彼女が衝突した下駄箱の、彼女が今いるところに探し人の下駄箱があるということなのだろうね。我ながらなかなか狡いことをしてるなぁ、と思ってしまう。
じゃあそれ、入れないとね。とファーストネームの手元を指さす。分かってたの、と問われるような、赤らんだ顔は少しだけこちらを睨んでいる気がした。え、なんで睨まれてるの。
「……ぼ、ボクなにか、悪いことしたかな!?」
「悪いこと、っていうか……」
「じゃあなんなのさ……!?」
「……え、嘘、ほんとに? ほんとに気づいてないの……?」
本当になにかしてしまっただろうか。いや、こんな探るようなことをしていてなにもしてない、なんてことはないんだけど。
今日一日を思い出す。
朝出会った時の彼女はそんなボクを睨むようにはしていなかった。緊張の色はあったけれど、それ以外は概ね普通通りだった気がする。
それから、遅刻しそうな時間になったから二人で早歩きして学校まで来て、ちょうど今と同じ場所で靴を履き替えて、……あれ。
「……待って、ちょっと待っておくれ」
「な、なにを」
「待って、待って……本当に」
「だから何をよ!?」
そうだ。
この風景は見慣れている。外に通じる玄関窓との距離も、校舎の中に通じる廊下との距離も、ボクにとっては見慣れたものだ。何せ、ボクが約1年間使い続けた下駄箱の位置≠セから。見間違えるはずも、ない。
それに、ボクの出席番号の前後は女の子が固まっていて、だから、その、えーっと、つまり、これは、ボクの自惚れじゃなかったら、彼女が探していた下駄箱っていうのは。というか、探していたっていうのも、本当は建前で、ただ入れようとしていた、のは。
顔に熱が集まるのを感じる。それを見ていたらしいファーストネームの顔もみるみるうちに赤くなって、多分はたから見たらすごくおかしな光景なんだろうな。
でも今のボクはそこまで頭が回らなくて、聞くべきことすら聞けなくて。だからその代わりに、ボクはもっと頓珍漢なことを聞いてしまった。
「……本命、だよね?」
「……う、ぁ、……ふ、二つ渡すんだから、……ホワイトデー、……いつもの、倍に、してよ……っ!?」
あの娘の本命の行方が知りたい
(最後にはボクの掌の中、だって)
Title...ポケットに拳銃
2019.07.06