愛に応えるのも簡単じゃない

 どっちゃり。
 スズカゼの座っている席の机の上の様子に効果音をつけるのなら、きっとそれが相応しい。もちろん、普段のスズカゼは机の上を散らかすような人となりではなくて、今回のこれには事情があるんだけども。


「う、わー……いっぱいもらったね、これ……」
「どうしましょうか……」


 机の上を眺めてスズカゼが落胆に似た息をこぼす。そこに散乱するのは、スズカゼがもらった──本命チョコの数々だ。

 今日はバレンタインデー。
 普段からモテる男スズカゼは無論今日という日には大量のチョコレートを可愛い女の子たちから貰うわけで。
 漫画みたいな両手に抱えきれないほどのチョコレート。これらはすべてスズカゼ貰ったものだ。俄には信じ難いが、いるのだ、そういう「漫画みたいなこと」を起こしてくれる輩は。

 それらを見つめてスズカゼがはぁーっと深いため息をついた。幼なじみの私はともかく、普段のスズカゼならばカムイさんやほかの人たちの前でため息をつくことなんて絶対にないというのに。それ程彼が疲弊しているという証拠なのだろう。
 ……朝から沢山の女の子相手に笑顔で接していたんだ、無理もない。愛想を振りまいているとか、そういう訳ではなく、彼の地の性格がそうさせているのだから余計にタチが悪い。更に彼は自分が人気だということを自覚していないということだ。

 さらに彼にはもう一つ問題があって。


「今日1日で食べ切れる……はずがないですね、これは……」
「……サイゾウに我慢してもらうしかないんじゃないの?」


 双子の兄であるサイゾウが極度の甘味嫌いだということだ。匂いだけでも顰めっ面をするくらいには。
 そんなサイゾウがいる家にこれを持って帰るのはどうしても嫌らしい。兄に嫌な思いはさせたくないのだろう。まったく、変なところですら優しい奴だ。

 ……そんなスズカゼだから、私も好きになったわけなんだけど。手作りの本命チョコレートやらを持ってくるくらいには。
 ただの幼馴染みじゃなく、一人の男の人として好きだと、伝えたかったのだけれど。流石にチョコレートで困ってる人にチョコレートを渡すわけにはいかないよなぁ。


「スズカゼ、それ持ち歩ける? というか鞄ある?」
「……ありません」
「だと思った……」


 人気者の自覚がないから当然か。チョコレートこんなに貰えるなんて思っていないだろうし。
 とりあえず普段から持ち歩いてるエコバッグをスズカゼに投げた。明日返してね、と一言を付け加えれば申し訳なさそうに「すみません、ありがとうございます」と返される。謝られたいわけじゃないんだけどなぁ。


「ねえ、スズカゼ。断ることを覚えた方がいいと思うんだけど……」
「ですが……」
「ですがもだってもないよ、そうじゃないと毎年苦労するのスズカゼでしょ」


 毎年毎年、こうだ。いつもこの日はスズカゼの疲弊が目に見えるほどになる。ついでに、って言っちゃかわいそうだけど、サイゾウの顔色も悪い。流石にかわいそうだ。
 スズカゼもサイゾウも疲れきった顔をしている。……そんな彼らに追い討ちをかけるのは、私には出来ない。
 優しすぎるのが玉に瑕かなぁ、こぼしかけた言葉を飲み込んで、スズカゼに向き直る。さて、このチョコレートの山、どうしようか。


「……私の借しロッカー使う? 借りたはいいけどあんまり使ってないし、多分、それくらいなら入ると思うけど」
「いいのですか?」
「幼なじみの善意くらい素直に受け取りなよ……」


 誰に対しても分け隔てがないのはいいことかもしれないけど、ちょっと距離を感じるのは悲しいな。
 なんて言ってみればすみません、とまた謝られた。そういうところが距離を感じるんだって、と口にしかけたけどいたちごっこなきがして何も言わない。
 とりあえず、行こうか。そういえばスズカゼは慌ててチョコレートを渡した鞄の中に放り込んだ。







「毎年思うけど、ほんと、大変そうね」


 半ば愚痴のように私は言葉をこぼす。半歩後ろを歩くスズカゼにもそれはきっちりと聞こえていたようで、スズカゼからは苦笑したような声が耳についた。
 それから数テンポ遅れて、スズカゼはぽつりぽつりと言葉を落とす。


「昔は、好きだったのですがね、バレンタインデー」
「え、そうなの?」


 そんなのは初耳だ。でもたしかに、本命だとか義理だとかを置いておくとしたら、タダで──といったら聞こえは悪いが──お菓子をもらえる日だもの。
 普段は申し訳ない、と出来る限りの貰い物は断っているスズカゼも、イベント事だと遠慮しないで貰える──というよりは、断るという一手間をする必要が無いから、好きなのかもしれない。
 そんな私の予測を他所に、スズカゼは続ける。


「昔から、ひとつだけ、貰い物を嬉しいと思うことがありまして」
「うん?」
「必ず兄さんと私の二人にいただけて、兄さんの方は甘くないお菓子を、私には私の好きな味のお菓子を持ってきてくれる」


 マメな人もいるものだ、と思ったけど待てよ。スズカゼたちの幼馴染である私がそんな人を知らないはずはない。
 だって私、ずっとスズカゼたちと一緒にいたわけで、交友関係も割と共通してる。そりゃ勿論、私の知らないところで、っていうのはあるだようけど、それでも、そんな、昔から、っていうのに、知らないはずが。でも思い当たるような人はいない。
 しいていうなら、サクラちゃんとか。でもサクラちゃん、私たちとはだいぶ年が離れてるしそんな昔からっていうのはおかしい。
 じゃあ誰、ヒノカちゃん? ……小さい頃の彼女はともかく、今の彼女は薙刀部で鍛錬に励んでいるから、これも違う気がする。マメだけど。

 ぱたりと足音が止む。何故かスズカゼが止まったらしく、私も歩みを止める。振り返ると、スズカゼはじっと私の方を見ていて。


「今年はまだ、もらっていないんですよ」
「……そう」
「いただけないんですか?」
「えっ?」


 なんで私に言うんだろう。一瞬考え込んだけど、つまり、それって。


「……まさか、私?」
「気づいていなかったんですか、今の話の流れで……」
「き、気づけるわけがないでしょう!?」


 まさか、そんな。
 スズカゼがバレンタインデーを好きになっていた理由が私のチョコレートだったなんて。まったく予想していなかった展開に、私は素っ頓狂な声を上げる。

 落ち着け、私。
 これはただ、その、あれだ。私が作るチョコレートがもらいやすいってだけだ。だって幼馴染みからのチョコレート、しかもサイゾウが嫌な顔をしないように作った、ってやつだから。貰いにくいものじゃない、だから、ただそれだけで……。
 自己暗示をひたすら繰り返していると、眼前に影が落ちる。はっと見上げるとそこではスズカゼがふんわりと微笑んでいて。


「今年もいただけるのでしょう?」
「な、な、なにその自信」
「だって、ファーストネームさん、ずっとそわそわしてるじゃないですか」


 ばれてた、だと。ある種のショックを受けて昏倒しそうになる。流石にそんなのしたら迷惑どころの話じゃないから踏ん張って耐えたけども、けども。
 そんなにそわそわ、してただろうか。幼馴染みだからわかる、とかならいいけど、ほかの人にまでわかってたらダサすぎる。それだけは避けたい。
 すーはー、と深呼吸。今更それをしたところでどうになる訳では無いけど、とりあえず落ち着きたかった。落ち着いた、気がする。


「大丈夫ですか?」
「……誰のせいだと、思って」
「ふふっ、すみません」


 こいつ、自覚あったのか。怒りそうになったけど、怒ったところで何にもならないからやめておく。昔なら間違いなく言い返してたし、こういうところは大人になったな、と自画自賛。
 しかし、どうしたものか。別に渡すのは問題ない、だって元から渡すつもりだったから。問題なのはそれが本命チョコであるという点である。これを渡したら、今まで通りの生活はできない。それをこんな形で、渡してもいいものかと。
 しばし迷い、観念する。どう見てもラッピングが通年のそれよりも少しだけ豪華なのに、彼は気づくだろうか。……気づかないわけがないな、だってスズカゼだもんな。
 これ、とカバンの中から取り出して渡したのは、緑色の包み。彼はふわりと、私に微笑みかける。


「ありがとうございます、ファーストネームさん」
「……ん」
「たくさんの方からの想いに応えるのは大変ですが、ファーストネームさん、貴女のものだけは……」


 私のものだけは、なに?
 じっと彼の顔を見れば、彼はまた笑ってロッカーの方へと歩みを始めた。



愛に応えるのも簡単じゃない
(ちょっと、その微笑みはなによ!)(内緒ですよ、貴女が私の想いに気づくまでは)



Title...ポケットに拳銃
2016.04.06 執筆
Dear, My Doll.