さまとき負傷
碧棺左馬刻という男は、自分の身近にいる誰かが傷付くことにとても敏感だ。
それは、彼のあまり恵まれたものとは言えない生い立ちのせいか。はたまた単に彼の性分なのか。本当のところはわたしにもよく分からないが、その乱暴な言動に反して、自分がそばに置くと決めた人間にはとても優しい彼のことだ。おそらく、本能的に守らねばならない相手に対する執着がとても強いのだろう。
面倒見の良い彼は、いつもそうして隣にいるわたしのことを守ってくれた。
* * *
「まあ、頭をやられていますからね。起きてみなければ100%安心とは言えませんが、おそらく大事ないでしょう」
「そうですか」
真っ白な壁に、真っ白な天井。全てを白で統一された清潔感のある室内で、端的に告げられたその言葉を、わたしは案外すんなりと受け入れていた。
「相手は」
「もちろん既に逮捕済みです」
「組絡みですか」
「現状はなんとも。詳しく調べてみないことには分かり兼ねますが、明確に左馬刻個人を狙っての犯行です。可能性は五分五分といったところでしょう」
「分かりました」
病室の壁にかけられた時計は、深夜一時を指していた。
もともと、今日は帰りが遅いと言っていた彼の為に、簡単な夜食を作って待っていたわたしが、そんな彼の負傷について聞かされたのは、つい20分ほど前のこと。日付けを跨いだこの時間に電話を掛けてくるなんて、きっと相手は待ち望んでいた彼だろう。そう思って近くに置いていたスマホを手に取ったわたしが嫌な予感を感じたのは、その相手が警察官である彼だったからだ。
一抹の不安を抱えたまま話を聞けば、やはり待ち望んでいた彼は何者かに襲われ、現在は病院に運ばれている最中だという。その言葉を聞いてすぐに深夜のヨコハマへ飛び出したわたしは、恋人が怪我をしたというのに、自分でも驚くほどに冷静だった。
「さすが左馬刻の恋人ですね」
「どういう意味ですか」
「普通恋人が何者かに襲われて運ばれたなんて聞けば、泣いて心配してもおかしくはないでしょう」
「泣いたところで、左馬刻の容体が変わりますか」
「それは……」
「もちろん、心配はしてますよ。……大切な、恋人ですもん」
頭に白い包帯を巻かれ、スヤスヤと眠っている彼の柔らかい髪を撫でた。いつもと変わらない、繊維の細い綺麗なそれは、普段であればなかなか触ることを許されないのだが、今回ばかりは彼も許してくれるだろう。
「左馬刻、」
名前を呼んで、もう一度その柔らかい髪に指を通した。
おそらく「冷静でいないといけない」と頭が精一杯に理性を働かせているのだろう。
彼がこうして誰かに襲われて怪我を負うということはよくあるが、その大半は小さなかすり傷や軽い切り傷などで済んでいる。
もちろん、普通に生きていてそれがおかしいということには気付いているが、彼の生きている世界の常識は、わたし達普通の人間の常識とは違う。そのことを理解し、受け入れ、普通ではない彼のそばで毎日を過ごしているうちに、きっと、わたしにとってもそんな非日常が当たり前になってしまったのだ。
だからこそ、そんな彼の恋人である以上は、この程度のことでいちいち泣いたりなんて出来ないし、もし万が一そんな姿を彼に見せてしまえば、彼は何より自分を責めてしまうから。
「しばらくここにいますか」
「はい」
穏やかに眠る彼の寝顔を見つめ、その手を握ったわたしに、分かりましたと呟いた銃兎さんは、それ以降何も言わなかった。
きっと、あと数時間もすれば何事もなかったかのように目を覚ますだろう。
第一声は、飯かタバコか。自分の怪我など顧みずに思ったままを口にするいつもの彼を思い出して、そういえば今日
深夜の静かな病室で、見つめた彼の顔には傷一つないのに。それでも、やはり目は閉じたままだ。耳を澄ませば微かに聞こえる呼吸音だけが、なんとか彼が今も生きているということを教えてくれる。
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