ドラトラ2


「わたしに、少し時間をくれませんか」


銃兎さんが会社に来て情報をくださいと頼み込んで来た日、時を同じくして調べて欲しいことがあると左馬刻から連絡をもらったわたしは、その日の帰り際、別れる警察官の彼にそう言って当該の調査を始めた。
薬は、ここ最近になってから急激にこの界隈で流行り出したものだ。確実に裏で糸を引き、この状況を使って甘い汁を吸おうとしている者がいる。
裏社会の人間、政治家、実業家。なんでもいい。とにかくここ最近で急激に利益を上げ、それを浪している者はいないか。持てるツテの全てをかけて三日三晩調べ尽くした結果、見えてきたのは、たった一つの疑問だった。


「どういうこと……?」


グラスホッパーの大量取引。その情報を掴んでからすぐ、左馬刻と連絡を取ろうとスマホを取り出したわたしの目に飛び込んできたのは、ある人物の目撃情報と称された淡白なメールだった。
場所は、シブヤディビジョン。見覚えのある青い髪を鬱陶しそうに靡かせている男は、確か乱数くんと同じチームのギャンブラーを名乗る青年だ。しかし、問題はそこではない。わたしが目を疑ったのは、その男の横にいるもう一人の男の存在と、さらにもう一枚添付された写真の中にいた女性の存在だ。


「これ、って……」


写真の男とその女性の名を思い出した瞬間、脳裏に浮かぶ嫌な予感は、おそらく懸念では済まされないだろう。
感じた違和感を後押しするように送られてきたその写真を保存し、すぐさま彼のところへ向かおうと踵を返した瞬間だった。


「っ、……!」


ヒュ、と目の前をかすめた鋭利なものにすかさず体を逸らせば、それを見ていた目の前の男がチッと舌を鳴らして顔を歪めた。手には、予想通りの刃物。あと一歩反応が遅れていたら危なかったと、冷静に状況を判断しながら鞄に手を入れようとしたところで、それを見ていた男がもう一度大きな舌打ちをしてからわたしの方へ向き直った。

やはり、事態はただの金儲けということでは済まないのだろう。
売人を逮捕し、その中から得た情報は確かだと銃兎さんは豪語していたが、これではあまりに話が出来すぎている。
左馬刻が治めるヨコハマのテリトリー内で、偶然にも銃兎さんがその薬の乱用者逮捕に至ったこと。そして、それをかねてより嗅ぎつけていた左馬刻の組が、時を同じくして動きだしたこと。
一つの薬が出回ったことで、あまりにも上手く彼らに関わってくるその裏に隠された真実を紐解こうと、調べ出した瞬間に顔を出したもう一つの事実がこれだ。


「帳兄弟の、お知り合いかしら」


写真に写っていた長髪の男は、昔左馬刻が仕切っていたチームの傘下にいた、どうしようもないグズの片割れだ。
そうと決まれば話は早い。
あの兄弟が何をどうしてこんなにも手の込んだことを出来たのかは、もう一枚の写真に写っていた女の存在を考えれば明白だが、さすがにすぐに尻尾は掴めないだろう。

思いがけず大きな思惑に巻き込まれようとしている彼らの為にも、なんとかしてこの場を切り抜けようと、わたしが鞄の中から取り出した護身用のピストルを向ければ、その瞬間グッと踏み止まってその場に足を付く男に笑みを向けた。


「テメェっ……何で、」
「ふふ、いいでしょう?わたしの彼は心配性だから、これくらいは持っていないと、一人で外も歩かせてくれなくて」


カチリと、言いながらゆっくりとそのセーフティを外し、引き金に指を引っ掛けた。


「知ってる?わたしの知り合いには軍人や警察官もいて……これの腕前には、少し自信があるの」
「っ、」
「ねぇ、貴方……どこの手先?」


* * *


「………まあ、嘘なんだけどね」


これを扱う時は、これが嘘だということを忘れろ。その銃口を向けた先にいる相手が誰であろうと、狼狽えるな。お前が少しでも隙を見せれば、そこでお前は負けだ。
数年前、ないよりはマシだろ、と精巧に作られたニセモノのそれをわたしに預けた彼は、そう言って視線を逸らした。
本当は、こんな物を預けなくても俺が守ってやれればいい。けれど、現実問題四六時中一緒にいられるわけではない。自分は、裏の世界で生きている人間だ。そんな自分の隣に立って、共に歩いてくれる彼女の為を思えば、致し方なかった。後から当時同じチームメイトであった先生から聞かされたその事実に、思わず頬を緩めて物騒なそれを一生の御守りにしようと誓ったことは、記憶にも新しい。

しかし、いくら精巧に作られていようが、偽物は偽物だ。今回はなんとかやり過ごすことが出来たが、目の肥えている人間に対しては、こんな物なんの脅しにもならないだろう。
先ほどの男が帳兄弟の手先か、はたまたその後ろにいるであろうもっと大きな黒幕の手先かは知らないが、どちらにせよ自分が今置かれている立場が危ないということは明白だ。
一度きちんと情報を整理し、伝える為にも彼に会わなければと、取り出したそれを再び鞄の中に仕舞おうとため息を吐いた瞬間ーーーふわりと鼻を掠める上品な花のような香りに、意識がぼーっと遠退いていく気がした。

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