見えない人


見えない、つかめない、分からないという彼への印象を払拭する為に行ったインタビューが、逆にそのイメージを決定付ける為の材料となってしまった。
あのインタビューの後、そう言って誰の目にも明らかな困り顔を見せた綴くんに、わたしはフォローの言葉一つも掛けてあげることが出来なかった。


「何か浮かびそう?」
「う〜ん…この中からインスピレーションが浮かびそうな物はあるっちゃあるんですけど、」
「ピンとこない?」
「っスね…」


結局、演目については全員で相談し、いくつか出した案の中から決めようということになったのだが、それも成果が出たかと言えば、答えは否だろう。
逆に色々な案が出過ぎて、綴くんに負担が掛かってしまっている感も拭えない。


「なんつーか…怖いんすよね、あの人」
「怖い?」
「あ、いや…怖いっていうか、その…底が知れないっていうか、内面をあえて色んなもので隠してる感じがするっていうか…」
「う〜ん」
「千景さんと話してても、あの人自身が全然見えてこなくて、」


今回の脚本は当て書きだ。役自体をその人に寄せて書く以上、その人自身が見えて来なければ何も始まらない。だからこそ、彼は見えないということに初めての不安を感じ、悩んでいるのだろう。


「ほんと言うと、わたしも千景さんのことは苦手なんだよね」
「…はい」
「あ、気付いてた?」
「まあ、あんま話したくないのかなって」
「ふふ、バレてたか」


別に隠すつもりはなかったので問題は無いが、こうもアッサリ言われると大人としてもう少し気を付けなければならないと思った。


「少し二人で話してみたら?」
「二人で、っすか…」
「ふふ、嫌そう」
「嫌っつーか…その、」
「うーん、仕方ないなあ…じゃあ初回ってことで30分1000円にしてあげる」
「今そういうノリマジでいらないんで」
「あら釣れない」


外じゃ寒いだろうと、ここに来る際淹れてきた東さんオススメのローズティーに口をつければ、それはすっと上品な香りを伴いながら喉の奥へと消えていった。さすがあの東さんが選んだだけはある。美味しい。


「ふおぉ…あったまる〜」
「#name1#さんって、誰にでもそんな感じっすよね」
「、そんなって…?」
「そんなっす」


温かいローズティーのおかけで、ちょうど良い暖になると両手で包んでいたカップを再び口元へ運び首をかしげた。


「なんつーか…緩い?みたいな」
「それは褒め言葉かな」
「まあ、褒めてるっていうか…普通に羨ましいなって」
「え、」
「だってそういうのって才能じゃないっすか。#name1#さんの緩さって誰にとってもそんなに不快じゃないっつーか…基本誰の懐にでも入っていけるでしょ」
「それはどうだろう…」


事実千景さんのように全く底が読めないような人だっているし。そもそもわたしは、そういった点で他の誰より優れた人を知っている。


「わたしなんて、全然だよ」
「そうっすか?」
「うん。だってそういうのは…」


いづみの方が上手いから。頭に浮かんで、あともう少しで口から出そうだったその言葉を、それでも発することが出来なかったのは、なんとなくいつまでもそんなことに逃げていて良いのかと思ったから。


「……」
「#name1#さん?」
「ごめん、なんでもない」


姉とわたしは、違う人間だ。例え同じ親から生まれてきた双子だとしても、それはあくまで一緒に生まれてきからというだけのこと。そこにどんな優劣があったとしても、それを理由に自分を卑下して良いことにはならない。
自分と誰かを比べる必要なんてないと、あの時教えてもらったではないか。


「ありがと綴くん」
「いえ、」


温かいローズティーのカップから、立ち昇る良い香りの湯気に鼻を近付けて笑った。


「なんか、嬉しそうっすね」
「うん、嬉しいよ」
「#name1#さんがそうやって笑ってると、なんか安心します」
「そう?」
「はい。今日も平和だなって」
「そっか」


ずっと眉間にしわを寄せて、難しい顔をしていた綴くんの表情にほんの少しの柔らかさが戻る。
結局、肝心の千景さんのことについては何も解決していないが、こうして話をすることで少しでも彼の気分転換になるならそれで良いだろう。元々脚本の為に悩んでいた綴くんのサポートまでしかするつもりの無かったわたしは、一人そう結論付けてカップの中身を飲み干した。


「まあ、そんな難しく考えなくてもいいんじゃない?」
「またそんな適当なことを、」
「千景さんだって人間だし、こうやって話してる方がもしかしたら何かつかめるかもしれないよ」


テラスの柵に背中を預けて、未だ悩んでいる様子の綴くんにそう言って微笑む。


「ごめんね。緩いお姉さんにはこんな緩いアドバイスしか出来ないけど、きっと話せば何かしらつかめると…そう思うのです」


無くなった温かい紅茶の代わりに、暖をとる為突っ込んだパーカーのポケットには、先ほど談話室で貰ってきた余り物のクッキーが入っていた。おそらく誰かの差し入れだろう。ちょうど良いタイミングで思い出したそれを言葉と同時に目の前にいた綴くんの方へ投げれば、見事それをキャッチした彼はこちらを向いて首をかしげた。


「ナイスキャッチ」
「……くれるんすか」
「頑張る少年にお姉さんからの差し入れ」


今度こそ空になったパーカーのポケットに両手を突っ込み、そう言って笑うわたしに、袋の封を開けた綴くんが、ありがとうございますと呟いた。

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