ズルイほど恋しい
「こんな夜中に何してんの」
「わ、万里くん」
ポタ、ポタと時間をかけてゆっくり落ちていくコーヒーを見つめ、中身の抽出を待っている最中だった。
寒さ対策に羽織っていたストールの端を捲った万里くんが、そう言って器用にも後ろから同じストールの中へと潜り込んできたのだ。
「こら、狭いでしょ」
「お、コーヒーじゃん」
「話聞いてる?」
本来、一人で使う為のストールに身長180オーバーのただでさえ大柄な高校生が入ることなど想定もしていない。故に彼がやって来たことで一気にスペースが無くなったストールの中は、まさに窮屈と言う他なかった。
「こんな時間にそんなもん飲んじまったら寝れなくね?」
「それを言うなら万里くん、何で学生がこんな時間まで起きてるの」
「あ〜… それはほら、愛しの#name1#ちゃんに会いたくて」
「さてはまた至くんとゲームしてたな」
「げ…バレた?」
「バレバレです」
隣にいたわたしの肩に腕を回しながら緩く編んだ三つ編みの先に指をかける万里くんは、いけないことがバレた子どものように一瞬だけわたしから視線を逸らすが、それでもすぐに戻した視線を今度はわたしの髪に向けながら口を開いた。
「つーか何で三つ編み?」
「明日デートだから。こうすると髪にウェーブかかって可愛いでしょ」
「は?誰と」
「千景さんと」
「まじで言ってる?」
「まじです」
まあひとくくりにデートとは言っても、ただ仕事終わりに少し時間を貰って話すだけだが、あえてそこは伏せつつ出かけるという事実だけを伝えれば、分かりやすく嫌そうに歪んだ彼の表情は意外に子どもっぽくて可愛いかった。
「ふふ、拗ねないでよ」
「別に拗ねてーし」
「安心して。千景さんより万里くんの方が断然好きだから」
「んなこと分かってる」
「さすが。おっとこまえ〜」
自信満々に言い切った彼のことを肘でぐいぐいと押しながらからかう。表情は大して変わらないが、声色がいつものような落ち着きを取り戻しているので、どうやらご機嫌取りには成功したようだ。
気難しそうに見えて、実は案外単純なところがやはりまだまだ年相応で可愛い。
「つーかいつの間にあの人とそんな仲良くなったわけ」
「別に仲良くはないよ。明日も綴くんの付き添いだし」
「は?付き添い?」
「そう。脚本のことで悩んでたから、一度本人としっかり時間をとって話してみたらって勧めたの」
「……確信犯か」
「ん?」
「#name1#ちゃんそれさっきわざと言わなかったな」
「え〜?」
ご名答。まさにご推察の通りである。
「くっそ…やられた、」
「万里くん意外に可愛いとろこあるよね」
「うっせ」
「大丈夫だよ。二人っきりじゃないから」
「それはもう分かったっつの」
「怒った?」
「別に。ただちょっとムカついてはいるけどな」
「ちょ、」
指に引っ掛けた人の髪を見るなり、そう言ってなんのためらいも無く解かれた結び目はすぐにその形を崩した。
おかげで緩くまとまっていたはずの髪は、ほんの少し付いたウェーブがいつもと違うボリュームを出してはいるものの、やはり時間が足りなかったのだろう。ところとごろかかりが甘くムラが目立った状態となってしまった。
「万里くんのバカ」
「仕返し」
「やり直して」
「じゃあデートには行くな」
「だからデートじゃないってば」
「デートだろどう考えても」
「綴くんのこと忘れてない?」
「忘れてねーけど嫌なもんは嫌なんだよ」
「そんな、」
「だから行くな」
「う……」
ストレートに下から顔をのぞき込むように言われて、思わず絆されそうになってしまったのをなんとか堪える。
おそらくこれは自らの顔の良さを十分に理解している彼の確信的なやり方だ。まともに取り合ってはいけない。
「万里くん」
「なに」
「ゴム返して」
「嫌だ」
「万里くん」
「つーか何で#name1#ちゃんが付き添わなきゃいけないわけ?」
「わたし一応演出家」
「それは分かってる」
「なら話は早いでしょ」
もっとも、それはあくまでも建前で、本当の理由は綴くんにどうしてもとお願いされたからという単純なものだ。しかしこちらとしては、そもそも最初から着いて行くつもりだったし、気が乗らないにしてもいつかはきちんと千景さんと話をしなければならないと思っていた。
だからこそ頼まれてすぐOKの返事を出したし、むしろわたしにとってはそちらの方が都合が良かったのだ。故にいくら彼が嫌だと言おうが、今さら意見を変えることはない。
「分かった。今度万里くんともデートしてあげるから」
「そういう問題じゃねーよ」
「仕方ないでしょ。必要なことなの」
「それは分かってっけど」
「なら理解して。万里くんもう子どもじゃないでしょ」
「は?」
「ほら早く」
「……」
「万里くんってば、」
「それはちょっとズルくね?」
「ちょ、」
言葉と同時にグッと掴まれた両手を引かれて、半ば強制的に隣にいた彼と向き合う形になる。
衝撃で、肩にかけていたストールははらりと音もなく床へ落下したが、そんなこと今はどうでもいいという様に握られた腕からは、どんなに力を込めようと逃れることは出来なかった。
「こら、万里くん」
「今のは#name1#ちゃんが悪い」
「何でわたしが、」
「俺のこと、もう子どもじゃねぇっつったな」
「それは…言った、けど…」
「都合の良い時だけそういう言い方すんのは卑怯なんじゃねーの」
「え、」
「ズルすぎ」
言われて、にわかに思い出すのはこれまで何度も万里くんとの間で交わしてきた大人だの子どもだのというわたしにとってはこれ以上ないほど都合の良いやりとりたち。
在学期間を終え、成人した自分と未だ親の保護下にある未成年の彼とを明確に区別するその言葉は、確かに今まで自分が何かと彼をかわす時に使ってきた言葉であり、ある一種の逃げのようなものだ。
そんな、自分にとってこれ以上ないほど都合の良い言い訳を幾度となく吐いてきた自分が、今彼に対してぶつけた言葉は、確かにその逆だ。
彼の言う通り、これではとてもズルイだろう。
「大人だって、認めてくれんだろ」
「っ、」
掴まれた腕にグッと力が加わって、振り解くことはおろか、ろくに動かすことも出来なかった。
「俺は、」
「聞かない」
「は?この期に及んでお前…」
「わたしが悪かったのは謝る。確かにあれは酷かった。ズルいこと言った」
「……」
「だからごめん。もう言わない」
自分でも、酷いことを言っている自覚はあった。無自覚とはいえ、これではさすがに彼の気持ちを弄びすぎた。
しかしだからといって、はいそうですかと安易に受け入れられるものではないのだ。先にも言った通り、わたしはどうあがいても彼より大人で年上の人間。
「ごめんね、万里くん」
謝ったところで、納得してもらえるかどうかは分からない。
けれど、その言葉でぎゅっと握られていた腕の力が緩んだのは、きっとそれが彼なりの答えだったからだろう。
「んな顔すんなよ…」
「、優しいね、万里くんは」
「だから言ってんだろ、#name1#ちゃんにだけだって」
「うん…」
それがどういうことなのか、言葉以上に態度で示してくれる万里くんに、やはり明確な答えを出してあげる事は出来なかった。
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