後日談


「あいつ、クロウって言うのか」
「そうそう。あ、そっか、面識あるんだ。迎えに来てくれたんだよね、私が壁外から単独帰還したとき」
「あ?……昔のことなんざ忘れたな」
「クロウから聞いたよ。心配してくれてたんでしょ」
「うるせえな、なんでもいいだろうが。それで、そいつのおかげでイェーガー派から逃げられたんだろ。お前もそいつらも、運がいいな」
「本当に。クロウ達、巨人になってたかもしれないもんね。それでね、そのとき助けてもらったお礼に、後でワイン15本あげたの。1人1回助けてもらう度に3本」
「随分な量だな。そいつらもナマエのおかげで助かったんだろうが」
「それは、彼らの実力と運だからね。でも、15本のうち1本くらいは脊髄液入りワインにしてもよかったと思う。結構本気で探したんだけどなあ」
「そんな気持ち悪ぃの探すな。俺はあのクソ髭野郎のを飲んだと思うだけで吐き気がする」
「リヴァイも飲んだ?」
「部下に言われて、飲まないわけにいかねえだろうが。チッ、あれが無けりゃな。いまさら言ってもどうしようもねえが」
「部下の娯楽は奪えないよ。それに、そうじゃなかったときにどんな結果になるかなんてわからないし」
「……それはそうだな」


――あの2人、一生話してる。

ガビは掃除をしながら、ちらっと2人が向かい合って座る窓際の小さなテーブルを見る。真ん中には紅茶のポットと、2人で焼いたらしいクッキーが置いてあって、それぞれソファに座ってずっと話している。話していない時もあるけれど、それでも2人はずっと一緒に座っている。
リヴァイが入院期間を終えてここに住むことになってから、ガビとファルコは掃除だとか家事だとか、定期的に手伝いに来ていた。だが、リヴァイがあんなにぺらぺら話すところなんて見たこともなかったし、それに加えて最近ここに住むことになったナマエ・ヤーシュラットが、松葉杖のくせに乗馬も立体機動もやっていたあのガチ・悪魔の正体だったことにもガビは驚いていた。あの時は心底悪魔にしか見えていなかったのに、いまの彼女はなんというか、本当に普通の大人の女性に見えた。

「ガビ、そっち終わった?……って」

ファルコも、ガビの横に並んで、ちらっとテーブルを見る。ファルコはこの1年と少しですごく身長が伸びて、近くに来られるとなんだかちょっと困る。昔は同じくらいだったのに。

「あの2人、本当に仲がいいなあ」
「リヴァイ兵長が入団したころからの知り合いなんだって」
「そうなんだ。アルミンさんたちも、ナマエさんのこと知っていたみたいだよね」

先日。アルミンやジャン、コニー達がここリヴァイ邸を訪れ、ナマエとの再会を喜んでいた。一緒に夕食を食べるときにガビとファルコも同席したが、ナマエがあの巨人を倒す爆弾――雷槍の開発者のひとりだとか、パラディ島の発展に彼女が絡んでいるだとか、かなり優秀な技術者だったらしいと言うことはわかった。前線で戦うわけではないが、裏でずっと調査兵団を支えてきた存在なのだろう。
だが、ガビはずっと気になっている。

――リヴァイ兵長とナマエさんは、どういう関係なんだろう。

ちなみにガビはそれが気になって気になって、アルミンたちにも帰り道で尋ねたのだが、アルミンは

「さすがに付き合ってると思う。兵長も所長も、幸せそうに見える」

コニーは

「むしろ付き合っていないなんてことあるか?そうじゃなければ兵長も男が廃るぜ」

ジャンは

「でもあの2人、どっちも何も言わなさそうじゃねえか?」

アニは

「私は知らない」

ライナーは

「俺も知らないが、リヴァイ兵長は好きそうだったよな」

とのことで、誰も答えを知っていたわけではないのだ。

でも、2人は仲がいい。いったいどんな関係なんだろう。


「え!ファルコが鳥の巨人になったの?」

ナマエがこちらを見る。
はっとガビとファルコは慌てて手を動かすが、リヴァイには見抜かれていたらいい。

「お前ら、掃除をサボるとはずいぶん舐めてんじゃねえか」
「リヴァイはちょっと黙ってて。ねえ、ファルコは鳥の巨人になったの?鳥の巨人ってなんか変だけど」

リヴァイが、あ?とナマエを睨んでいる。が、ナマエは興味深々と言った目でファルコを見ていて、全然気づいていない。ファルコを見れば、彼の表情も明るい。

「なりました。あの、飛べると思って」
「え、すごい!飛んだ?」
「飛びました」
「どうだった?」
「必死であんまり覚えてないんですけど、やっぱり気持ちよかったです」
「そっかあ。ファルコも、ちゃんと飛べてよかったね」
「はい。あの、ガリアードさんの、おかげで」
「そうだね。いろんな人の力があって、飛べたんだね」

その横で、ファルコとナマエを見ていたリヴァイが話に入る。

「オイ、ずっと思っていたが、お前ら知り合いなのか?」
「あれ?話してなかったっけ。本当に偶然、2人とは島で会ったことがあるの」
「パラディ島で会いました。ね、ガビ」
「はい。会いました。ナマエさんに吹き矢で眠らされて、」
「あ!待って、ガビ!」

ナマエが慌てたようにガビに向かってバツを出す。ガビもぱっと口を閉じるが、リヴァイが身体の向きを変える。ちょっと遅かったらしい。

「詳しく話せ」
「えっと」
「話せ。どうせまた、ナマエが訳わからねえことでもしたんだろ」

ナマエが、はああ、と息を吐いて、テーブルに突っ伏す。

「ねえ、もう、私この話を聞いたリヴァイの反応が想像できるから、やめない?お前の理解不能エピソードが増えたなって言われる」
「ファルコ。話せ」

とうとうファルコが指名され、隣で彼がちょっと詰まりながら話を始める。

「あ、あの、俺たち、パラディ島に戻る飛空艇の中で捕まって地下牢に入れられて、そのあとそこから逃げ出したんですけど」
「ああ」
「ナマエさんにたまたま会って……ガビが馬に乗ってるナマエさんに向けて、近くの家にあった鍬を投げつけて……」

ファルコがその時の様子を語ると、リヴァイの目が徐々に細められていく。

ガビはそっとそれを見守る。リヴァイは割と普段から圧のある人間だ。レベリオでジークを倒した時も、手を出そうとすら思えなかった。当時の自分にとって、悪魔の象徴のようだった2人の手伝いに来ていることに、なんだか不思議な気持ちになった。

「……それで、ナマエさんは最後、馬で走って逃げていきました」
「そうか、馬でな。確かに、松葉杖を持って馬で走ってるやつが突然立体機動で飛んだら、悪魔にも見える。当然だ。ガビの行動は理解できる」

話が終わった途端、リヴァイはそう言い切った。

「ナマエ。お前はやっぱり、意味がわからねえ。ガビもファルコも、子どもとは言えちゃんと訓練を受けている優秀な兵士だ。なのに、足が動かないお前が、なんでまともにやりあってやがる。ちなみにちゃんと丁寧に言ってやるが、立体機動の動きは若い頃よりも、さらに変態さを増していたからな」

ナマエは、変態じゃないもん、とむくれた。こういうとき、ナマエはちょっと子どもっぽくなる。それからナマエは、ガビに向き直る。

「あの時はごめんね。とっさに睡眠薬なんか使ってしまって」
「いいんです。今となってはそれでよかったと思う。でも、ナマエさん強かった。足を怪我している動きじゃなかったから、びっくりして」
「ガビの対応もファルコの対応も、何の落ち度もねえ。鍬を投げるのだって機転が効いていて、悪くねえ。ただ、ナマエが普通じゃないだけだ」

リヴァイがフォローを入れる。この兵士長は掃除のこと以外については、基本ガビとファルコに甘い。
それにしても、人類最強と呼ばれた男に『普通でない』と言われるナマエは、かなり普通でないのだろう、とガビは思う。見た目は本当に、普通の大人の女性にしか見えないのだが。

リヴァイがナマエを見る。

「お前は、本当に立体機動が好きだよな。足を怪我しても、それだけはずっとこだわってやがった」

ナマエは同じようにリヴァイを見て微笑む。

「好きだよ。リヴァイも、好きでしょ。立体機動」
「そうだな」

ナマエはリヴァイの紅茶と自分のを注ぎ足す。リヴァイがありがとな、と言う。彼女はそれから、ガビを見た。

「立体機動装置って確かに独特なんだけど、これまでの技術者たちが生きるために絞りだした知恵と努力が詰まっていて、私はどうしても捨てられなくて。もしかしたら、ガビとファルコにとっては、あまりいい思い出のものではないかもしれないんだけど」

今回、エレンを倒して、英雄アルミンが立体機動装置を捨てたことが、エルディア人が人間であり平和を求めていることの証左となっている。
だが、技術者であるナマエにとっては、立体機動装置も大切なものらしい。部屋の掃除をしているガビとファルコは知っている。この家には、立体機動装置が2つあって、丁寧にメンテナンスされている。きっとひとつはリヴァイ、もうひとつはナマエのためのものだ。いずれもガスさえあれば、使えるくらいの状態に保たれている。

ガビはレベリオで飛び回る、パラディ島の調査兵たちを思い出す。初めて立体機動装置を触ったのは、あの時だ。飛ぶ楽しさとかよりも、これから敵を倒すんだって考えで頭が一杯一杯だった。

「確かに、あまりいい思い出はないけど、でも」

ファルコを見れば、彼はガビを見ていた。

立体機動装置にいい思い出は、正直ない。
でも、と思う。ここにいる、自分以外の3人は、みんな自分で自由に空を飛ぶ楽しさを知っているらしい。

――気になる。どれくらい、楽しいんだろう。

「……私も、飛んでみたい、かも」

部屋に沈黙が落ちて、まずいことを言ったかと、ガビは慌ててナマエとリヴァイを見る。
だが、ナマエは心底嬉しそうな笑顔でリヴァイを見て、リヴァイはそれに目線で答えた後満足そうに紅茶を飲んでいる。ファルコをもう一度振り返れば、彼もすごく優しい顔でガビを見ていた。

「ねえ、リヴァイ」
「なんだ」
「私たち、早く足を治さないと。私はさすがに無理かもしれないけど」
「ああ、そうだな。ガビ、俺の足が治ったら立体機動を教えてやる。そのうち、こいつが適当に材料集めてまた作るだろ」
「もちろん。ガビ、楽しみにしててね。リヴァイは教えるの上手いから、きっとできるようになるよ」
「それに、またあの参考にならねえお前の変態機動が見られるのか」
「やめてってば。私もリヴァイの立体機動見るの楽しみだけど。あー、ねえ、ただ、立体機動装置が見つかったらまた色々言われるよ。エルディア人、反乱の意志あり!みたいな」
「お前はいろいろ詰めが甘すぎるからばれるんだろうが。上手く隠せば問題はねえ。話を聞けば聞くほど、よくあのあとパラディ島で殺されなかったと感心する。下手したらいまごろ、クソにまぎれて処分されていたかもな」
「その点は、おじいちゃんのおかげかな。カラネス区っていうのが絶妙だよね。あんなにたくさんの工作機械を私有してるって当時のパラディ島じゃ死刑ものだったのに、よく隠し通したよ」
「それを聞くとお前の祖父も相当ぶっとんでんな。血は随分濃く受け継がれているみてえだ。そういやお前は昔、工業都市の廃棄場に1人で行ってたとかほざいてやがった――」

また2人の会話が始まって、ガビとファルコは顔を見合わせる。
仕方がないので、止まっていた掃除を再開することにした。





「ねえ、あの2人ってどんな関係なんだろう」

帰り道。ファルコにそう聞けば、ファルコはさあ、と首を傾ける。

「どうだろう。でも、2人の話す内容って、当たり前のようにお互いがいる。過去のことも、未来のことも」
「そうだね」

それはなんだか、とても幸せなことのように感じる。
戦士候補生として戦っていたときには、これから、なんてあまり想像していなかった。それより、13年の命を使ってどれだけマーレに貢献してエルディア人の抱える罪を償うか、それしか考えていなかった。

――そうだ。

でも今、ガビたちは、13年よりももっと先の未来まで、考えていいらしい。

『お前に長生きしてほしかった』

ファルコの言葉を思い出す。彼は、戦士候補生の時から、ガビのずっと先の未来まで考えていてくれていたのだ。つまりそれは、とても幸せなことで。
ガビはそっと、自分より身長の高いファルコを見上げる。ファルコは、なに?というように首を傾げてから、

「ガビが立体機動を習う時には、俺も教えてもらおうかな」

などと言い出す。ガビは、嘘でしょ、と笑う。

「ファルコより、私のほうが上手くできるよ」
「やってみないとわからないだろ」
「そんなことない」
「じゃあ、勝負な」
「絶対勝つ」
「俺だって」
「じゃあまずは家までね!」

ガビは走る。
待てよ、と後ろからファルコの声が聞こえてくる。

リヴァイとナマエの足が、いつ治るのか、そんなことはわからない。けれども、それまでも、それからも、ずっと、ファルコとこうしていられるといいな、とガビはそう強く思った。