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「よいしょっと!」

追いつかれて、抱え込まれて、地面に落とされて寝技に持ち込むまでが早かった。

「なんだよ、アンタ!」

しゅるしゅる、と紐が結ばれる音が聞こえて、なすすべもなく背中側で手を拘束された。
圧倒的な差がある。リヴァイやファーランに追いつけなくても全然気にならなかったのに、同じ女性で、2人よりも若いであろう彼女にすらこんなにも呆気なく捕まってしまって、情けないやら悔しいやら。

「ちょっと大人しくしていてね」

そのまま手を引かれて地下街を歩く。このままでは、リヴァイとファーランに迷惑をかけると思って、精一杯暴れる。

「もう、暴れないでってば」
「大人しく捕まる奴がどこにいるってんだよ!」
「大丈夫、あとの2人も捕まってるから。あ、ほら」
「……え?」

顔を上げれば、同じように捕まっているファーラン。彼も驚いたようにこちらを見ていた。

「ファーラン!?」
「お前……!」

そのまま2人とも黙る。こうなってしまっては、あとはリヴァイに任せるしかない。

「無事だな」

ファーランを捕えている調査兵が、口を開く。

「うん、ちょっと元気ですけど」
「分隊長のところはどうだろう」
「ミケさんと2人がかりですし、大丈夫だと思いたいですけど……」
「相当な腕だったからな。才能がある。団長が目をつけたのも、理解できる」
「そうですね。教えてくれるような人もいない環境で、あんなに使いこなすなんて。かなり時間を使って研究してきたんでしょうね。それだけ好きなんだろうなあ」
「立体機動をか?」
「はい。ねえ、貴方たちはどうして立体機動装置を使っているの?」

後半、女性はファーランの方を見る。

イザベルはじたばたと暴れるが、全く解放される気がしない。この女性は話しながら歩いているのに、イザベルはまるで片手間に押さえつけられているのだ。

ファーランは黙ったまま。答える気はないらしい。

「おい、答えろ」
「ロッテさん、大丈夫です。これは尋問とかじゃないので」

そう言って、女性はまた前を向く。

「あの動き、私もできるかなあ」
「ナマエも好きだな、立体機動」
「好きですよ。飛ぶの、楽しいじゃないですか」
「俺は、ただ飛ぶより、巨人のうなじを削ぐ方が好きだな」
「ロッテさんは強いですからね」

キーン、と刃物と刃物がぶつかる音が近くでした。あそこだ、とイザベルたちもそちらに引っ張られていく。
通路を曲がれば、そこで金髪の男と、リヴァイが競っているのが見えた。

――足手まといになんか、なるもんか!

イザベルはまた必死に暴れる。だが、まったく逃れることができない。

からん、とナイフが落ちる音がする。

どうやらイザベルたちは、負けたらしい。





そのまま、リヴァイの判断で3人は調査兵団に入団することになった。

「はい、ここがイザベルのベッドね」

目の前の女性――地下街でイザベルを捕らえた彼女は、ナマエ・ヤーシュラット、というらしい。イザベルはちょっと不満に思いながら、その後ろをついていく。彼女が自分よりも強いから、なんとなく癪なのだ。
彼女は、ここ、と、二段ベッドの下を示した。

「えー!リヴァイの兄貴たちと同じ部屋がいい」
「それは駄目」
「ちっ、固いなあ」
「何かわからないことがあれば聞いて。私はこっちのベッドだから」

ナマエがこっち、と言ったのは、隣の二段ベッド。綺麗に整えられていて、イザベルはちょっとリヴァイを思い出した。彼はシーツをぴしっとしないと怒る。

「上は?」

ナマエとイザベルの二段ベッドの上は、二つともシーツも枕もなく、イザベルは首を傾げる。ナマエはちょっと微笑む。

「この間、壁外調査で死んじゃったからいないの」
「……死んじゃったのか」
「そう。もともとは同期が寝てたんだけどね」

イザベルは何と言っていいのかわからずに、口を閉じる。地下街で危ない目にあったことは何度もあったし、病気で死ぬ人も何度も見たことがある。でも毎回、イザベルはそれになんて言葉をかけたらいいのかなんてわからなかった。

「さて。荷物を置いて、食堂に行こうか。多分、リヴァイとファーランも食堂にいるだろうから。イザベルはこのクローゼット使ってね」
「ああ、わかった」

イザベルは少ない自分の荷物をクローゼットにしまって、ナマエの後ろについて食堂に向かった。


「兄貴!ファーラン!」

2人を見つけて、イザベルはお盆を持ってそちらに合流する。

「おうイザベル。どうだった」

ファーランがそう言って奥に詰めてくれる。イザベルはそこに座った。

「うん、問題はない。ナマエが案内してくれた」
「ナマエ?」

リヴァイの問いかけに、イザベルは頷く。

「そう、あの、俺を捕まえた女の調査兵」
「……」

リヴァイの視線が動いてちょっと向こうを見たので、イザベルとファーランも振り返る。
ナマエは違うテーブルで、眼鏡をかけている女性と、ベリーショートの女性と一緒に座っていた。

眼鏡の女性が身振り手振り大きく話している。声が大きく、会話の内容は丸聞こえだ。ちなみに、巨人は寝るのかについて語っているようだった。
ベリーショートの女性は、完全に退屈そうに、でも一応耳を傾けて食事をしている。一方で、ナマエは苦笑いを浮かべつつ、時々口を挟んでいる。彼女の声はほとんど聞こえない。

あの眼鏡は明らかに変人だ。そして、ベリーショートは明らかに猛者だ。ナマエは。

「……あんな普通に見えるのに。強いんだもんな」

そう言って、イザベルは視線をテーブルに戻してパンを頬張る。
横でファーランが頷いて、リヴァイを見る。

「みんな手練れだ。俺が相手した奴も強かった、あっという間に捕まっちまった」
「ああ。……だが、問題はねえ。標的は決まっている」

リヴァイはナマエから目線を戻して、スープを飲む。
イザベルはちょっと違和感を覚える。彼は、今回のターゲット、エルヴィンに会ったときから少し様子が変だ。普段は作戦は柔軟に変えていくタイプなのに、今回は、エルヴィンを殺すことにすごくこだわりを持っているように見えた。

――変なの。



翌日から、3人も訓練が始まった。
フラゴンとかいう分隊長の元に配属され、乗馬や立体機動の訓練をする。初めはやりかたも何もかもわからず手探り状態だったが、ひと月も経てば、それらにも随分慣れた。

馬の背中を撫でる。乗馬は地上に出て初めてやったが、楽しい。イザベルは数日で馬を乗りこなして、他の調査兵に驚かれた。馬も走るのが楽しそうだ。
立体機動の訓練も、面白かった。巨人がどういうものなのかイザベルは知らなかったが、うなじを削ぐと死ぬらしい。ブレードも手に馴染んできた。リヴァイはやっぱりすごく強くて、彼がブレードを振る姿はめちゃくちゃかっこよかった。


「休憩だ!」

フラゴンの号令に、イザベルは訓練場の端に座り込む。
木と木の間から、ちょうど向こうでナマエが立体機動をしているのが見えた。これまでひと月、訓練の合間合間に、イザベルはちらちらとナマエを観察していた。なぜ彼女は強いのか、イザベルはそれが知りたかった。
ナマエは、例のエルヴィンの班らしい。彼が訓練に現れることは少ないが、イザベルはエルヴィンがいるかどうか以上に、ナマエの立体機動のほうに興味があった。

巨人の模型が倒れてくる。
ナマエは、ぐうん、と突然に空中で方向を変えて、回り込んでうなじを削ぐ。彼女の立体機動は、時々エラーを吐き出すように不思議な動きをする。

――楽しそうに、飛ぶなぁ。

「……」

ふと横にどさりと座る音がして見ると、リヴァイだった。彼は片膝を立てて、じっと、イザベルと同じようにナマエの立体機動を見ている。その眉根には、深く皺が刻まれている。

「兄貴?」
「ずっと見ているな。気になるのか」
「ああ、気になる」
「……気持ち悪ぃな。あの、立体機動」

リヴァイがそういうなら、やっぱり変なのだろう。

「兄貴もそう思う?」
「ああ、違和感がある。この中じゃ上手いほうなんだろうが、普通じゃねえ」

また、ナマエが空中でぐうっと動きを変える。そうしてまた、巨人のうなじを削いだ。

――どうやっているんだろう。

「なあ!兄貴!」

イザベルは立ち上がって、リヴァイの腕を引っ張る。

「聞きに行こうぜ!」
「は?」
「どうやってんのか、聞きに行くぞ!もう見ててもわからねえ!兄貴も気になるだろ」

眉根の皺が少し増えたようにも見えたが、イザベルはそのまま無理矢理リヴァイを立ち上がらせて、模型を倒し終えたらしいナマエの方へ向かう。

「なあ、ナマエ!」

イザベルが呼びかければ、ナマエと、近くにいたミケが振り向く。

「訓練中だ」

ミケの言葉に、ナマエも頷く。

「イザベルたちは休憩?急用?」
「急用じゃねえけど、聞きたいことがある」
「そしたら、ちょっと待ってね。あとラスト、ミケさんの番が残ってるから」

頷くミケを確認して、ナマエは立体機動で森に戻っていく。その動きは自然なものだ。先程のような変な感じは少ない。
ミケはちらっとイザベルとリヴァイを見てから、しゅっと、立体機動で木に飛び移った。

彼が軽やかに素早く、それでも深く巨人の模型のうなじを削いでいくのを見ると、やはりナマエの動きは変だったと改めて思う。ミケは、調査兵の中でも飛びぬけた腕前なのだろうとはっきりわかるが、ナマエのはそういうのではない。

ひと通り巨人の模型のうなじを削ぎ終えて、休憩だ、というミケの声に、複数人が森から現れる。ナマエは、ベリーショートの女性と並んで出てきた。ナマエはよく、彼女と一緒にいるところを見る。
イザベルはリヴァイの腕を引っ張ってそちらに駆け寄った。

「ナマエ!」
「あ、お待たせ。ナナバさん、先に戻っててください。あとから行きます」
「はーい」

ベリーショートを見送って、それからナマエはちょっとイザベルの後ろに目をやって、苦笑いをした。リヴァイの顔を見て、笑ったらしい。振り返るが、いつも通りの表情だ。
それで、とナマエは首を傾げる。

「聞きたいことがあるんだっけ」
「ああ。ナマエの立体機動、どうやってるんだ?」
「え?」
「こう、ぐいん、って空中で突然動く方法が変わったりとか」

単刀直入に切り出す。きっと、イザベルを呆気なく捕まえるほど強い理由はそこにある。一体どうしたらあの動きができるようになるのだろうか。

それで最近見られてたんだ、とナマエは呟いて、そして

「立体機動装置を改造してるからね」

と、事もなく言った。イザベルは目を瞬く。

「改造?」
「うん、そう。改造して、ワイヤーを出す向きとかを変えてるの」

意味がわからない。イザベルが理解できていないと伝わったのか、ナマエは少し微笑んでから、ちょっと距離をとると木に向かってトリガーを引いて見せる。

「例えばだけど、私のワイヤーはここまで内側に出せるの。外側は、これくらい」

しゅぱ、とワイヤーの飛ぶ音と共に、イザベルの感覚の範囲からはずいぶん外れたところにアンカーが刺さる。

「で、これをハンマースイッチでいつでも自在に動かせる。だから、ここを基軸に、空中でも方向転換ができる」

ここね、とナマエがワイヤーの射出部分を指さすので見れば、確かにナマエがハンマースイッチをかちゃかちゃ動かすと、そこも連動してぐいんぐいんと動いた。射出部分の動きも変だし、イザベルの知っているハンマースイッチはぬるぬる動くので、全く違う。

「ええ!?なんだ、これ」
「あと変えてるのは、レバーかな。普通は、レバーを一定引くとアンカーが外れて巻き取られる」

レバーを引く。イザベルの知っているように、しばらくしてアンカーが外れて、ワイヤーが巻き取られた。ナマエがトリガーを引いて、再度アンカーを刺す。

「だけど、私のは、こうやって弾いて身体の向きを変えると」

レバーを反対側に弾くと同時にナマエが身体の向きを変えると、その動きに合わせてアンカーが外れ素早くワイヤーが刺しなおされた。

「え、すげえ!」
「え、ありがとう。そう素直に言われると嬉しいなあ」
「俺のも改造してくれ!」

そう言えば、ナマエはうーん、と唸って、レバーを引く。ワイヤーが仕舞われていった。

「それは、駄目かな」
「なんでだよ!」

イザベルは頬を膨らませる。

「ナマエみたいな動きができたら、もっと強くなれるだろ。それとも、俺には強くなってもらいたくないのか」

ナマエは少し苦笑いをして、イザベルの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「そうじゃないよ。当然イザベルにも死んでほしくないし、強くなってもらいたいって思ってる」
「なら!」
「まずね、そもそも私は強くない。それに、イザベルがこの立体機動装置を使ったからと言って、すぐに強くなれるわけじゃない」
「どういうこと?」

イザベルが首を傾げれば、ナマエは操作装置を持ち上げて見せる。

「私は、運動神経が悪くて重心移動が下手だから、こうやって手先でカバーするしかないだけ。私だってこれを本当にちゃんと使いこなせるようになったのは、最近なの。5年くらいかかってるかな」
「5年……」

想像していたよりも長い時間が必要になりそうで、そういうもんなのか、とイザベルが聞けば、ナマエは、そういうもんだよ、と返事をした。

「それよりも、ミケさんとかナナバさんとか、ちゃんと強い人に聞いたほうがイザベルは早く強くなれる。体動かすの、得意でしょ。体幹もしっかりしてそうだし」
「ああ、得意だ!リヴァイの兄貴ほどじゃねえけど」
「うん、なら、同じように体を動かすのが得意な人を真似したほうがいい」
「イザベル」

後ろから唐突に低い声が響いてイザベルが振り返れば、リヴァイが腕を組んでこちらを見ていた。

「確かにこいつの立体機動を真似しても、お前は上達しねえ」
「……そっか」
「他の奴を見て学べ」
「わかった!」

イザベルが頷けば、リヴァイは視線をナマエに移す。

「ナマエ、だったか」

ナマエもリヴァイにすっと視線を移す。

「うん」
「地下街ではイザベルが世話になった」
「兄貴、俺は世話になってねえ!」
「馬鹿か、十分世話になってただろうが」

リヴァイに頭突きをしようとして、呆気なく頭を押さえつけられる。チッと舌打ちをしてナマエを見れば、彼女は目をぱちくりとしてから、楽し気に笑う。

「確かにお世話はしたね」
「世話になってねえってば!」
「あー!ごめんごめん」

ナマエに繰り出したパンチも避けられて、イザベルはちょっと不満だ。リヴァイに押さえられていなければ、たぶん当たっていたはず。

それで、とナマエはもう1度リヴァイの話を促すように彼を見る。
リヴァイは、立体機動装置に視線を移す。

「てめぇの言う改造ってのは、どこを、どう変えている」
「……たぶんリヴァイは私の立体機動装置も使いこなせるようになると思うけど、でも改造できる人は私以外にいないよ。そして私は他人の立体機動装置は改造しない」
「そのつもりはねえ。俺にとっては改造するメリットが少なすぎる。いいから説明しろ」
「ええ、横暴じゃない?」
「うるせえな、話せ」
「んー」

ナマエは立体機動装置をかちゃかちゃと身体から外して、それから近くの短い木の枝を拾ってしゃがみこみ、地面に絵を描き始めた。
リヴァイの手がイザベルの頭から離れていき、彼はナマエの前にしゃがむ。イザベルはその横で地面に座った。

「この部分ね」

ナマエは立体機動装置の一部を指差す。

「ここに特別な機械で切れ目を入れると、こう開くんだけど、そうすると中身が」

地面に立体的な絵がさらに書き込まれていく。

「それで、ここがこうなってるから、ハンマースイッチの仕組みがこう連動してて――」

――何これ。

イザベルは図を見てもナマエの説明を聞いてもさっぱり理解ができずに、リヴァイを振り向いて、それから、ちょっと驚く。

楽しそうだった。

別に笑っているわけでもない。いつも通りの無表情だが、それでもイザベルにはわかる。

「……それで?ここは?」
「あ、そこはね」

イザベルはさっぱり理解ができなくて、ナマエの言葉が右から左に流れていく。

「わかんない」

途中でほっぽりだして地面にひっくり返れば、宥めるようにリヴァイの手が腹を叩いてくる。

「あと、ここだ、これはどうなってる」
「これは、――」


イザベルが眠くなってきたころ、おい、と腹を軽く殴られて、目が覚める。
ナマエとリヴァイが立ち上がっていた。ナマエは足で地面の絵を消している。リヴァイに引っ張り上げられてイザベルは起き上がる。ぼんやりした頭が少しずつはっきりしてきた。

「まあ、また何かあれば聞いて」
「ああ」
「イザベルは眠かったね」

ナマエがそう言ってふふ、と笑ってから、そのままリヴァイを見る。

「そうだ、リヴァイ。この話、口外禁止ね。ブラックボックスだから」
「馬鹿か?口約束でよくこっちを信用できるな」
「え、これ知ってるだけで死んでもおかしくないけど」
「あ?……チッ」
「聞いたのはそっちでしょ。共犯ってことでよろしくね」

立体機動装置をまた身体につけて、じゃあ、とナマエは立ち去ろうとする。
が、リヴァイが口を開いた。

「オイ」
「ん?」
「お前、なんでそこまで立体機動にこだわる」

彼女は、先ほどの笑顔のまま、こちらを振り返る。

「なんでって……立体機動で自分の思い通りに飛ぶの、楽しいじゃない?」
「……」

――似ている。

まだぼんやりしている頭で、イザベルはそんなことを思う。
んじゃあね、とナマエが立ち去って、向こうのほうで眼鏡の変人とショートカットの猛者と合流するのを見送る。

「イザベル、行くぞ」
「なぁ兄貴」

なんだ、と言うリヴァイを見上げる。

「ナマエって、兄貴と似てるな」
「あ?」
「優しいところも強いところも、立体機動がすきなところも似てる」
「……寝ぼけてるな、ちょっと黙っとけ」

ボコっと頭にひとつ、容赦ないゲンコツが落ちてきた。

「いってえ!馬鹿になっちまうだろ!」
「7足す6は」
「えーっと」
「13だ、遅い」







「だから、俺はリヴァイの兄貴はナマエとなら結婚できる、って言っただろ?」

イザベルは木の上に座って、窓際で話すリヴァイとナマエを見る。
隣で同じように座るファーランが、わかったわかった、と呆れたように頷いた。


ここはマーレ。
天と地の戦いが終結したあともイザベルとファーランは、リヴァイのことが心配でずっと追いかけていた。そのうち、イザベルの予想通りナマエがマーレに来て、一緒に生活を始め、最近ようやく結婚したらしい。

「確かに、リヴァイがナマエを好きになるのはわかる」

ファーランはそう言ってナマエを見る。

「あの人、初めから、リヴァイの立体機動は才能だけじゃない、って言ってたもんな」
「あれ、ファーランもナマエと話すことあったの?」
「いや、俺はほとんど直接話したことはない。地下街で捕まったときに、散々言ってただろ」
「そうだっけ」

イザベルが首を傾げると、ファーランはやれやれ、というように首を振る。

「まあお前、相当暴れてたもんな」
「そうだけど……」
「リヴァイのあの圧倒的な強さを見て、『才能』なんて言葉に片づけずにその努力と苦労から想像する人間なんて、そうそういないだろうよ」

ファーランの横顔を見て、イザベルは不思議な気持ちになる。
彼は、ナマエと話したことはない、と言っていたはずなのに、随分とナマエのことを覚えている。

「……ナマエのこと、好きだったのか?」

思わずそう問えば、ファーランは馬鹿言え、と笑う。

「むしろ、俺がリヴァイにできなかったことをさらっとやられて、悔しかった」
「でも、リヴァイの兄貴がまともに仲間になったの、ファーランが初めてなんだろ?それまでは、ずっとソロだったらしいじゃねえか。兄貴が人生で一番最初に信用したの、ファーランなんだと思ってたけどな」

ファーランが盛大なため息をつく。

「お前、いつからそんな気遣いできるようになった」
「俺は昔から気の利く人間だろ」
「それは違うな」

イザベルは頬を膨らませる。違うかもしれないが、否定はしないでほしかったところだ。
ファーランは膝に肘をついて、言葉を続ける。

「でもよ」
「なんだ?」
「ナマエはなにより、リヴァイと同じで生き残る強さがあるのがすごいよな」

そうだな、と大きく頷く。

「これまでナマエ、何度も死にかけてたもんな。あれは運だけじゃねえ。生きてやるっていう目だ。ナマエは地下街でも死なないよ」
「ああ。あれは死なないな」

パラディ島で、2人はナマエのことも見ていた。彼女は正直、生きているのが不思議なくらい、ぎりぎりで死を避けていた。そこを生き残るのが、運の良さ――いや、『生き残らなければならない』という精神力だ。
イザベルもファーランも、地下街でたくさんの死を横目に見てきた。なぜ人は同じ厳しい環境下でも、生き永らえる人と死んでしまう人がいるのか。2人は知っていた。生きるか死ぬかは運によるが、生き延びる人というのは運だけではない。とにかくしぶとい。生きることを諦められない、死ねない理由がある、そういう強い何かがある人が生き延びる。

「……俺らは死んだけど、調査兵団に入ってよかったよな」

ファーランの言葉に、イザベルは同意する。

「死んだとしても、地上へ出て、しかも壁の外も見られて、俺は楽しかった。それに、兄貴もこんなに幸せになれた」
「同じ考えだ」

窓越しに、ナマエが笑ったのが見えた。リヴァイが紅茶のポットを手に取って、ナマエのコップに注ぐ。ナマエがコップを押さえて、ありがとう、というように口が動いた。
彼らの指には、おそろいのリングがはまっている。

「ナマエは器用だよなあ。あんなのも作っちまうなんて」
「イザベルも生きていれば、結婚とかしたかもな。俺はそれだけは悔いだ」

ファーランの言葉にイザベルは肩をすくめる。

「いいよ俺は。兄貴とファーランと一緒にいるのが楽しかった」
「……それならよかった。まあ、どうせあの2人は長生きするだろ。ゆっくりこっちで待っておこうぜ」
「うん、2人をからかうのが楽しみだなあ」

イザベルは、ずっと話をしているナマエとリヴァイを見る。
世界は一旦、平和になった。だから、2人がこちらに来るのは、まだ先のことになりそうだ。それまでゆっくり待っていようじゃないか、とイザベルはぐっと伸びをした。