「リヴァイ〜……」
「……なんだ」
グラスを傾けて、ワインを喉に流す。横でリヴァイの左肩に頭を預けるこの女性を、見ないように。視界に入れないように。声を聴いても聞き流せるように。だが、残念ながらリヴァイはザルだ。まったく酔えない。全てをまともな脳味噌で、しっかり見てしまうし聞いてしまうし、それを忘れることなんて1ミリもできる気がしない。酔って忘れてしまえれば、どれだけ楽なことか。
そして、さらに残念なことに、彼女――ナマエは、そこまでアルコールには強くないらしい。いや普通なのだろうが、リヴァイよりは弱い。
――クソが……。
半年前、ナマエがマーレに来るとアルミンから聞いて、とりあえず最初はリヴァイの家に住むのがいいんじゃないか、となったまでは良かった。もう長い付き合いなので一緒にいて楽だし、ナマエは掃除もするし、住む場所がないのも可哀相だし、リヴァイに反対する理由はなかった。正直、猫を保護するのと同じ気分だった。
リヴァイはそのうち、ナマエが出ていくと思っていたのだ。ただナマエが、住む場所どうしようと相談を持ち掛けてきたときに、別に一緒に住んでいても問題はないし探す必要もないんじゃないか、と答えてなんとなく引き留めるような言い方をしたのは自分だ。
そしてリヴァイは、そんな過去の自分を盛大に後悔していた。ナマエに問題はないが、リヴァイ側に問題はあった。リヴァイは自分の気持ちをちゃんと理解したうえで蓋をしている。だから、このまま、ここにいられたら。
――いつ襲っちまうか、わかったもんじゃねえな。
半年我慢した。それだけでも褒めてほしいくらいだ。
グラスをテーブルにおいて、ワインをまた注ぐ。
それにしても、今回はどこで選択を間違えたのか。
そもそも、ワインを飲んだのが間違いだったか。いや、でも、このワインはジャンから渡されたものだ。冬になってちょっと住民たちも沈んでいるから、ワインで景気づけしようとのことでそれぞれの家に1本ずつ配られたもので、飲むのは普通だ。
あるいはそもそも、ひとりがけのではなく広いソファで並んで飲んだのが間違いだった気もする。だが、こっちのほうが暖炉に近くて、暖かい。
それに、酔ったナマエがこんな風になるなんて、リヴァイは知らなかった。これまでだって一緒に飲んだことは何度かあるのに、こんな様子は見た覚えがない。ものすごく疲れているときにこんな風に甘えるように溶けていたことはあったかもしれないが。こうなるとわかっていれば、たぶん飲ませなかった。
「ね、リヴァイ」
「だから、なんだ。オイ待て、飲みすぎだ」
またグラスに手を伸ばすナマエの手を押さえる。
「なんでよ」
「相当酔ってるだろ、明日仕事できなくても知らねえからな」
「明日、お休みだよ。だから飲んでるの」
「……」
なぜそんなところはしっかりしているんだか、と思わずため息をつく。
「水は。飲むか」
「ワイン」
「馬鹿か、ワインは水じゃねえ」
グラスを手に届かないようにこちらのテーブルの端に寄せれば、手を伸ばしてくる。
「なんでそっちにしちゃうの。ねえ、ちょうだい」
甘えるような声とともに、左腕にナマエの柔らかい身体がくっついた。彼女の香りが鼻をかすめて、リヴァイは思わず、はっと笑ってしまう。
――こんなやつを目の前に、我慢しろだって?
無理に決まってる。
「……お前、もう1度言ってみろ」
気づけば言葉が口から出ていた。
「……なにを?」
ナマエが、こちらを見上げてくる。全く警戒心のないその様子にちょっと腹が立ってきた。
「ワイン、欲しいんだろ」
「ほしい」
「ちょうだいって言え」
途端、ナマエの目が情欲に染まった。リヴァイは理解する。
――ああ、そういうことか。
「……リヴァイ、ちょうだい」
――なら、何の誤魔化しもなく、していいよな?
瞬間、リヴァイはナマエの顎を掴んで、キスをした。
それからふと、話をしながらも頭の中で彼女にキスするための算段をいろいろとしていたことに気づく。まあ、よい。
「……ふ、んん」
遠慮はしない。ワインの味がする。柔い唇を舌で舐め、そのまま口を割る。薄く目を開けば、ちょっと苦しそうな顔をしている彼女。
――悪くねえな。
顎から手を離し、左手で頭を押さえつけてキスを続ける。キスが、美味い。右手の残っている指で腰に触れてやれば、ぴくっと酷く反応した。可愛すぎて笑ってしまう。
「あ、ん、……ふ」
「はっ、ん……」
ナマエの手が、リヴァイのシャツを握りしめる。苦しいんだろうなと思いつつ、全く手加減とかする気はない。というか、やめられない。待ったのだって半年どころじゃない、年単位だ。好きなものは最後に残しておくほうだが、それでもこんなに美味いならもっと前に喰っておけば良かったかもしれない。
右手の薬指をつう、と背中に這わせれば、んぅ、と苦し気に眉を顰める。そのままうなじと首を撫でれば、ひくりと足をすり合わせる。首、弱いのか。
最後に唇をなめて、顔を離し、そのまま首に吸いつけば。
「あっ、や、あ!ん!」
ひときわ高い声。なるほど首か、と吸い上げる。左手で、逃げようとする腰を押さえつけ、試しに右手で首を締めるように包む。親指を喉仏の部分に触れさせるだけで、声が上がった。
「……首、弱すぎねえか」
耳元でそう言えば、ひゅっとナマエが息を飲む音が聞こえる。相当好きらしい。誰に開発されたんだとかちょっと思ったが、いったん忘れることにする。
「ち、ちが……あんん、やぁ!」
「違くねえだろうが」
ちょっと舐めただけでこの様だ。アルコールが入っているからなのか。ちょっと肌も赤いかもしれない。暖炉の火の色でわかりにくい。ちゅ、ちゅ、と首元にキスを落としていく。そのたびに身体が反応する。可愛い。
――ああでも、彼女も消えてしまうのだろうか。
ナマエの身体を持ち上げて、彼女の左足を気遣いながら膝の上に乗せる。リヴァイは背もたれに背を預け、ちょっと高い位置にあるナマエの頭を引き寄せて、またキスをする。ナマエの両手が、リヴァイの肩を掴む。さっきよりも全身がくっつくから、彼女の体温がよくわかった。暖かい。
ゆるりと服越しに胸を触る。そう言えば、今日来ている部屋着はいつもよりなんというか、全体的に緩い。
つまり。リヴァイはさすがに察した。
確実に、これは確信犯だ。
据え膳食わぬは男の恥、とかいう言葉がある。大切にしたら消えてしまうのではとか、そんな不安で今のナマエを抱かないなんてちょっとあり得ない。
唇を離し、両手を服の裾から入れて、腹を直接触る。昔は割れていたが、今もその名残かしゅっとしたウエストだ。
「あ、ね、リヴァイ、や……」
「やだ?あ?こんな無防備な服着てきて、いつから期待していた」
背中を撫でればちょっと息が荒くなる。ホックを外して、手を前に持ってくる。やわやわと胸を触って焦らす。そんなに大きいわけじゃないが、良い触り心地だ。
「ナマエ、答えろ」
「んぅぅ。リヴァイ、いじわる、」
目を覗き込む。泣きそうな目だ。ひどくそそられる。ナマエの泣いている顔はもう何度も見ているはずなのに、こんな目は初めて見た。
ぎゅ、と胸を鷲掴みにする。ひゃあ、とナマエは嬌声を上げた。
「言え、いつから期待していた」
ナマエは唇を噛んで顔を横に向ける。が、リヴァイはそれを許さずに、頭を掴んでこちらを向かせ、しっかり目を合わせる。ちょっと上から見下ろされるのも、悪くはない。ナマエは、少し口を開く。
「……たぶん、ずっと」
小さい声。リヴァイはちょっと考える。
「ずっと?」
「……初めてリヴァイが飛んでるの見たときから、たぶんずっと、好きだったの」
地下街で、とナマエは続ける。リヴァイは眉をひそめて、それから両方の胸の先端に触れる。
「きゃあああ、あ、んん」
ナマエは、口元を手の甲で押さえる。彼女の右手は、快感を我慢するようにリヴァイの肩を強くつかむ。リヴァイは容赦なく、それをきゅっと摘まむ。ナマエの腰が反った。
「はぁ、ぁ」
「ナマエ、肩に手を乗せろ」
「あんん、ん、でも、声、が」
「言うことを聞け。声は我慢しろよ」
「あ、んや、まっ、て」
じっとその顔を見る。まだリヴァイは見てすらいない胸をゆったりと刺激すれば、しんどい、みたいな、苦しい、みたいな、そんな顔をする。リヴァイは深く息を吐く。あまりにも、その顔が好きすぎた。それにしても、あのときから好きだったなんて、一体どんな殺し文句だろうか。
すっと胸全体を撫でて、さわさわと触れる。突然に、ぴん、と先端をはじけば、面白いくらいに腰がはねた。
「やぁ!あん」
「我慢しろって言っただろうが」
「だって、そんな、むり、あん、や」
リヴァイはそんな言葉など完全に無視して、そのままナマエの首に嚙みついた。
「は、あ!ふあ、んんん!」
ナマエの身体が震えた。イッたらしい。あまりにも思い通りの身体すぎてびっくりだ。
首をペロリと舐めて、口を離す。くたり、とナマエの身体が覆いかぶさってきた。頭を撫でる。ちょっとナマエの息が荒れていた。
「水は?」
「ん」
ちょっと身体を起こすので、その口元にグラスをつけてちょっと傾けてやる。ごくり、とナマエの喉が動く。素直で可愛い。リヴァイも一口飲んで、グラスをテーブルに戻す。それから、ナマエの頭をまた撫でる。
「リヴァイ」
「なんだ」
「優しいね」
「……その感性はおそらく捨てたほうがいい。俺は優しくはない」
もしもさっきまでの諸々を全部含めて『優しい』などと言っているのであれば、男を舐めすぎだとは思う。
「ずっと思ってたよ。この人、優しいんだろうなあって」
「チッ、うるせえな」
「ひゃあ!」
腰をすうっと触る。くびれが女性らしくて、なんだか触りたくなる。
「オイ」
「ん?」
「自分で、服、押さえておけ」
「……え?」
膝の上に乗るナマエの、上半身の服を胸のぎりぎり下まで持ち上げてやる。へそが見えた。ほら、とナマエをちょっと見上げれば、真っ赤に顔が染まっている。これはさすがに暖炉の火のせいではないと思う。
「は、恥ずかし……」
「自分で見せろよ」
「……ッ」
じっと目を見つめれば、ナマエは観念したように服を握って、ゆっくりと持ち上げる。ずいぶん焦らしてくれる。
「下着もだろ」
「え」
「ほら」
下着もちゃんと持ち上げさせて、ちゃんと見えるようになった。
たくさんの、怪我。これまでの、戦いの証。いまでも消えていない。それを思わず指でなぞる。
「……綺麗だ」
「リ、ヴァイ、」
――ああ、クソ、そんな泣きそうな顔、するんじゃねえよ。
駄目にしたくなっちまう。
リヴァイは息を吐きだす。
「……ちゃんと、押さえておけよ」
「は、い」
ひとつひとつ、その傷跡に丁寧にキスを落としていく。自分のボタンを外して、シャツを脱ぐ。
手で太ももを撫でて、ゆっくりスカートをたくし上げる。そうしてそのまま、お尻を撫でる。
「ん、んん……」
お尻のほうから確認すれば。リヴァイは思わず笑った。
「……ぐしょぐしょに濡らしやがって」
「あ、ん、ごめ、ごめんなさ、だって」
「だって?」
「……き、気持ちいいし、リヴァ、イ、かっこい、」
「は」
思わず笑いが漏れてしまった。誤魔化すように、お尻の割れ目をなぞる。
「こっちまで濡れている」
「う、うるさ、」
「あ?口答えか?」
「……ん、、や!んゃあ!」
入口を少し触っただけでずいぶんな反応をすることに、リヴァイは満足する。
上半身にキスを落としながら、後ろから緩く刺激を与える。腰が動いて、リヴァイのものとナマエのが服越しに擦れた。
「ふあ、ん、ああ、ん」
「自分で腰振って、エロいな」
「あ、ちがうの、あん、リヴァイ、が」
「俺が?」
「リヴァイが、触る、から」
「触らないほうがいいか?」
手を止めてお尻を両手で撫でながらじっと見上げる。ナマエは真っ赤な顔で、はあっと息を吐いてぎゅっと目を閉じた。
「……なんで」
「いやならやめる」
「ひど」
「あ?優しいだろ」
「……やだ、やめないで」
「ちょうだいって言え、さっき教えた」
「んん、リヴァイ、ちょう、だ、やあああああ!!!!」
ずぷり、指があっという間に入ってしまった。
「ちゃんと言えてねえんだが」
「あ、あ、まって、だめ、まって、いっちゃ、」
「イクのか?」
ぐちょり、指を動かした途端。
「あああ!!!」
きゅうう、と中が締まった。
ああ、たまらない。その顔、その目、全身で気持ちいいと言っていて、リヴァイにとってはたまらなかった。
そのまま、リヴァイはゆるゆると指を動かし続ける。たまにその前を軽くこするだけで、ずっとナマエは声を出せないくらい気持ちよさそうに善がって連続でイッている。ちゃんと持ち上げた服を握りしめてこちらにぴんと張った胸の先端を見せつけながら身体を震わせるナマエの姿は、大変刺激的だ。
――胸、吸ったらまずいだろうか。
飛ぶかもしれない。飛ぶのは、せめて1度リヴァイが出してからで勘弁してほしい。リヴァイもそろそろ苦しかった。そのまま放置なんて絶対させたくなかった。
指をきゅ、と曲げてから、抜く。
「は、やあ、や、」
「こんなにしやがって」
「あ、」
リヴァイはそのままその指を舐める。ナマエが目を見開く。
リヴァイはそのままナマエをソファに押し倒す。
おでこ、瞼、頬、首とゆっくりキスを落とし、その間に自分のズボンを緩めていく。ナマエの手が伸びてきて、そっと握りしめられた。
「ん、」
ゆっくり上下にしごかれる。リヴァイは思う。こいつ、やっぱり仕込まれている。誰に仕込まれたんだろうか。すでに30を越えているのだから当然いろいろな経験があるわけで、気にしても仕方がないと本当にわかってはいるのだが、気になる。
「……してくれるのはありがてぇんだが」
「ん」
「先に、挿れさせろ。いいな?」
「う、ん。あ、でも」
リヴァイはナマエの下着を抜き取って膝を持ち上げ、入口にあてがう。
「でも?」
真下にいるナマエを見下ろす。彼女の目が、不安げに揺れていた。
「……あの、リヴァイ」
「なんだ」
「私のこと、好き……?」
ちょっと当たり前すぎる質問に、リヴァイは思わず固まる。それから、そのままぐうっと挿れた。
「今更何言ってるんだお前は」
「あ、ん、はあ、」
「ここまでしといて、好きじゃねえとかありえるかよ」
「……!」
大きく見開かれたナマエの目元に、ひとつキスをする。してもしても、し足りない。
「だが、覚えておいたほうがいい。それは挿れる直前に聞く質問じゃねえ。そんな状況、誰だって答えは決まってる」
「ふあ、そ、そうかも、しれないけ、ど」
ゆるりと動かす。ナマエの中が収縮する。胸を吸えば、ひあ、と情けない声と中の締め付けが返ってきた。そっと首を撫でれば、その目がぬらりと興奮を帯びる。本当にナマエは首が好きらしい。首だけで興奮するとか、かなりエロいんだが。
「リヴァ、イ」
「俺は、いつからかなんて知らねえが――」
「あ、んあ。リヴァ、とまって、話し、」
ゆっくりとナマエの首を掴む。それだけで、きゅううう、と中が締め付けられた。やっぱり思った通りだ。
「ふあ、あ、ぁん、リヴァ、イ……リヴァイッ」
――こいつ、やばい性癖持ってんな。
あまりにも悪くないので、口元が緩む。腰の動きを少し早める。久々なのもあって、すぐイってしまいそうだ。
「あ、あん、あ」
「どうせ聞こえてねえだろうが……ずっと俺は、お前が――」
「あ、ふ、あぁん、あ、ぅん、リ、ヴァ……」
「――ナマエが、大切だ……ん、く」
手に力を込める。
「はぁ、あ、!く、はあ!」
「ぅっ、は、あ、」
全て吐き出す。半端ない快感と、満足感と、そして幸福感に満たされた。中が震えていた。ナマエもイッたのだろう。
首に当てていた手でそのまま首を撫でれば、ぴくりとナマエが動く。跡が残らないような力加減にしたつもりだが、念のため確認する。問題なさそうだった。
ナマエは口元に手を当てて、大きく息を吸ったり吐いたりしていた。
そっとその頭を撫でる。
「……ナマエ、大丈夫か」
そう尋ねれば、ナマエはこくり、と頷いて、それからみるみる目に涙を溜めた。リヴァイはそれを親指で拭うが、涙はぽろぽろと流れてくる。一体なぜ泣いているのか。
「……誤解、しないでね」
「何を」
「あの、幸せすぎて……」
ふ、っと笑ってしまう。可愛いにも程がある。
「リヴァイ」
「……」
リヴァイが起き上がって水をとろうとすると、ナマエも起き上がって、ぴとり、とくっついてきた。暖かい。
リヴァイがコップを差し出せば、ナマエはごくごく、と飲んで返してくる。リヴァイも水を飲む。すごく視線を感じて、ナマエを睨む。
「なんだ」
「リヴァイの喉仏、動いてる……」
「そりゃそうだろ。それよりお前、相当な性癖もってやがったな」
「あー……嫌?」
「悪くねえ」
「好き?」
ちらっとナマエを見れば、彼女はこくりと首を傾ける。
「……好みのほうだな」
リヴァイが正直にそう言えば、あまりにも嬉しそうに笑うので、思わず彼も笑顔になってしまった。
布を濡らして絞ってきて身体を綺麗に拭いて、床やらも後始末をしてから、また並んでソファに座る。当たり前のようにくっついていて、何かが満たされる気がする。
残っているおつまみをつまむ。行為はカロリーを消費するものだ。
「にしても、ずいぶん積極的だったな」
「うるさい」
ぺし、と肩を叩かれる。全く痛くない。
ちょっと沈黙が落ちる。リヴァイは考える。
『初めてリヴァイが飛んでるの見たときから、ずっと、たぶん、好きだったの』
そんなことを言われても、でもそれは情事の最中のことであって。
『お前がずっと大切だ』
そんなことを言っても、でもそれも同じく情事の最中のことであって。
それで、有耶無耶にすべきことではなかった。
「ナマエ」
そう呼べば、彼女は首を傾げてこちらを見る。
「……ナマエ、お前が大切だ」
「え」
そう、ずっと大切だったのだ、この人が。口に出せば本当にそうなのだと実感する。
ただ、大切だと思いたくなかった。母親やケニーを、ファーランとイザベルを、エルヴィンを、ハンジを、他にもたくさんの大切な部下や仲間たちを思い出す。皆いなくなってしまった。
リヴァイは、まだ残っているワインを見て、言葉を探す。
「大切なものは、なぜか呆気なく消えていく。これまでずっとそうだった。だが、俺はどうしてもお前にいなくならないで欲しかった。だから、ただの同僚だと、部下でも何でもない全く関係のない同僚だと、ずっとそう思うことにしていた」
「……うん」
「だが、お前は普通じゃねえ」
「ん?」
不満げな顔がこちらを見上げる。
当たり前だ。こいつが普通でどうする。
「クソほど死ぬ調査兵団を15年も生き抜いて、地鳴らしを乗り越えて、なぜかパラディ島から抜け出てここにいるお前は、どう考えても普通じゃねえ。これからだって何かあっても、おおよそお前は、きっとどこかで生きてるんだろ。だから」
少し息を吸う。
「さすがにもういい、と思いたい。お前を大切だと認めても、もう消えないと信じたい」
「……ッ、」
「それに、お前がこっちに来ると聞いたのは、ちょうどパラディ島に秘密裏に渡れないか、アルミンに相談しに行った時だった。俺は、――お前が生きてるかなんて、ずっとわからないまま、こっちに1年もいなきゃいけなかったんだからな」
全て終わって、それからナマエに会うまでの1年間、リヴァイは死ぬ気でリハビリに励んでいた。エルヴィンもいない、ハンジもいない、他の昔の仲間たちもいない、そんな中でナマエまでも死んでいたらなど考えたくなかった。
もちろんアルミンたちも大切だし、彼らも頼れる存在だ。だが彼らとナマエたちは、やっぱり少し違う。これまで過ごしてきた長さが違う分、昔の仲間たちは――エルヴィンもハンジも、昔のリヴァイ班のメンバーたちも――それぞれリヴァイにとって特別な存在だ。ついでに言えば、ナマエの特別さというのは、一生一緒にいたいと思うような、そういう特別さだ。
「だから、ナマエ」
「……」
「マーレに来てくれて、ありがとう。俺は本当に長いこと、お前を大切だと思っている」
ナマエがちょっと眉を寄せて、胸のあたりを押さえる。
「……どうした」
彼女はそのまま、額をリヴァイの肩に寄せる。
「ねえ、リヴァイ、好きだよ」
「あ?」
「好きすぎて、胸が苦しい」
顎を押し上げて顔を上に向かせれば、ひどくそそられる表情。本能的にキスを落とす。それからゆっくり味わう。
「んん、」
――ああ、もう絶対に放したくねえ。
前までは、ナマエが生きているだけでも十分だったのに。
でも今は、彼女の隣にいたかった。話しているだけで楽しくて、一緒にいるだけでなんだか落ち着くナマエと、ゆっくり過ごしたかった。これまでずっと頑張ってきたナマエを、存分に甘やかしたかった。
唇を離せば、ナマエがまた顔を近づけてくる。可愛すぎる。軽いキスを何度も繰り返す。
「ああ、クソ……可愛すぎるだろ、お前」
「リヴァイ、好き、本当に、ずっと好きだったの」
リヴァイはぎゅう、とナマエを抱きしめる。ナマエの手が、ポン、とリヴァイの頭に乗った。
「オイ、やめろ」
「やだ、やめないよ。リヴァイの頭、丸っこくて好きだし」
「……言っていることが全く理解できねえ」
「ふふ、いいのいいの。嫌じゃないなら大人しく撫でられといてよ」
嫌ではないが、ナマエの手はどうにも苦手だ。甘やかしたいのに、逆に甘えさせるような、そんな手をしている。
仕方ないので、リヴァイもナマエの髪を撫でる。
「リヴァイ、私、きっかけが欲しくて」
耳元で聞こえる声。
「もうどっちも大人でしょ」
「ああ、そうだな」
「だからこう、きっかけがないと進めないと思ったの。リヴァイは――たぶん、応えてくれる気がしてたし」
――それで。
リヴァイは納得する。
「おかしいとは思った。お前にしてはずいぶん酔っていた」
「酔ってないよ。酔ったふりしてただけ」
手のひらで転がされたように感じて身体を離してナマエを睨めば、彼女は悪気なく笑う。
それでも、彼女の言うようにきっかけがなければ、リヴァイはなにも言わなかっただろう。きっかけを作ってくれたことには感謝すべきだ。
「……ありがとな」
ナマエが小さく笑った。
「……あのね、私もずっと考えないようにしてたの」
彼女はぽつりと、そう付け足す。
「リヴァイが死ぬとか考えたらそれだけでしんどいから。考えるの、やめた。巨人がいなくなったら、もうさすがに死なないかな、と思って」
「そうか」
もう1度、ナマエの頭をくしゃくしゃと撫でる。やめてよ、というようにむくれるが、可愛いだけである。
「ちなみに俺は、了解したことはちゃんとやり遂げるほうだ」
「うん?」
『了解した。俺は何があっても死なないで、お前とまた会うことを約束する。だからナマエ、お前も、何があっても死ぬな』
『了解、リヴァイ』
天と地の戦いの前。ナマエと交わした会話を、リヴァイは決して忘れなかった。
どんな怪我をしてもどんな状況にあっても、たとえこれまで仲間達が心臓を捧げた先の結末を見られたとしても、まだリヴァイは死ぬわけにはいかなかった。
なぜあんな果たせるのかもわからぬ約束をしてしまったのか。そんなことはわかりきっていた。
死なないで、と大切な人に言われて、それを蹴るなんてことはリヴァイにはできない。あんなふうに、生きていてほしい、なんて請われてしまえば、リヴァイはどうやってもそれに応える。大切な人の願いは、全部叶えたい。
当時のリヴァイにとってあれは、ナマエへの最大限の愛情表現だった。
「俺は何があっても死なないし、ちゃんとナマエのところに帰る。だから、しんどくならなくていい」
ナマエはちょこっと目を見開いて、それから、私も、なんて言って笑った。
▽
リヴァイはけじめとして、ナマエとの関係はちゃんと結婚という形にしたかった。あのあと一緒のベッドでぐっすり寝て、翌朝起きて、隣で幸せそうに眠る彼女を見てそう決めた。あんなにいい朝を迎えるのは人生で初めてだった。
起きるのを待って、目覚めておはようより先にそれを言えば、ナマエは軽く、いいよ、私もそうしたい、などと返事をするのであっという間に決まった。交際期間のようなものはない。これまでもうずっと長く一緒にいたのだから。
いまのマーレの状況とリヴァイの立場からして、式は見世物になってしまうか批判を浴びるかになるのがリヴァイもナマエも嫌で、お揃いのリングを記念に作って、写真を撮って、必要なところに報告だけするに済ませた。
ちなみに報告をしたら、方々からなぜかものすごく驚かれた。結婚にではない、交際期間がないことにだ。マーレで一緒に住んでいるのにまだ付き合ってなかったのかと言われたが、むしろその前が長過ぎたんだから仕方ないだろう、とリヴァイは思う。
マーレではいまリングなど売っている余裕もないので、ナマエが、ずいぶん昔に廃棄された立体機動装置の黒金竹を使って作ってくれた。デザインとかはよくわからないが、着け心地がよくて、さすがだとリヴァイは思う。
なぜかアニとガビも、とても気に入っていた。その様子を見たアルミンとファルコが、あとでナマエにいろいろ相談していたのは2人には内緒である。
代わりに、写真の手配をしたのはリヴァイだ。せっかくだからナマエに綺麗なドレスを着てもらいたかったというのもあるし、彼女は『写真』の存在を知ってから、ずっとその技術に興味を持っていたからだ。
実際当日、写真撮影よりも写真の仕組みだとか技術の話をしていた時間のほうが長かった気がする。
それでも、
「ねえ、リヴァイ、どう?」
といって、白いドレスを着て笑ったナマエをリヴァイは一生忘れられるとは思えなかったし、エルヴィンやハンジや、他のたくさんの仲間たちにも見せたかったと、なぜか泣きたいような気持ちになった。
▽
あの頃、リヴァイはたくさんの命を背負っていた。
彼らの死を無駄にするつもりは毛頭なかった。だが、背負えば背負うほど夜は眠れなくなった。そんなときに、彼女もきっと一緒に背負ってくれる、そう思うだけで短時間でも安眠を得られた。
ナマエは、特別強いわけじゃないのに、なぜか死ぬ未来が想像できない兵士だった。実際、どんな時も生きて帰ってきた。
だから、ナマエには寄りかかることができたのかもしれない。
だから、ナマエにも寄りかかってほしかったのかもしれない。
「リヴァイ……いかない、で……」
「……ナマエ、俺は、ここにいる」
ぎゅう、と夜の闇の中でしがみついてくる彼女の背中に手を回す。その体温を感じるだけで、ナマエもちゃんとここにいるんだと安心できる。
――今だって俺らは、あの時の夢を見る。
きっと、一生逃れることなどできない。仕方がないことだ。巨人がいなくなったって、そう簡単に忘れられるような重さじゃない。
それでも、きっと、2人でだったら。
大切な仲間たちの命を、大切に抱えていける。そんな気がした。