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暫くして落ち着きを取り戻した俺は、今の状況を改めて理解し、今度は羞恥が込み上げてきた。もぞもぞと身動きを取ると、爆豪は抱き寄せていた手を緩める。


「………ぉ、お見苦しいところをお見せしました…」

「ハッ、傑作だな」

「は、ははっ…マジで恥ずい、悪い勝己…忘れッ、ーー痛っ」


笑って誤魔化そうとすれば、急に視界が反転する。爆豪に肩を掴まれ、そのまま壁へと押し付けられた。俺は突然の事で理解が追いつかず、ただ呆気に取られたまま彼を見る。


「忘れねぇ」

「はっ…?」

「俺が一番になる…そこは揺るがねぇし、譲る気なんて更々ねぇ。だからクソデクのことも半分野郎のことも、俺には関係ねぇしどうでもいいんだわ」

「……勝、己…」

「でもな、テメェが揺らぐのは胸糞悪ィんだよ。…何かしら隠してんのは、お見通しだわクソがッ…!」

「イ゛…ッ!?」

顔が近づいたかと思えば、急な痛みに見舞われ、咄嗟にキツく目を瞑る。血の味が、口内に広がった。


ーーー唇を、噛まれたのだ。


「何ッ、す…ん…」

「俺だけ見てろや。風間」

「…ッ、は…?」

「目移りすンなッ!これで分かんねぇならいっぺん死ねッ!」


訳が分からず困惑している俺を他所に、爆豪は言葉を吐き捨てるとそのまま俺に背を向けて去って行った。

じくじくと痛む口端を抑えると、指には血がついていた。ーーーあいつ、思いっきり噛みやがったのか。すげぇ痛いし、意味わかんねぇ……意味、わかんねぇ…ほんと…


「…………いっぺん死んでンだよ、俺は…」



俺はあのまま家を飛び出し、普通の人として生きようと半ば適当に高校を決めた。

その学生時代は、勉強も部活も周りに合わせるようにやっていた。特に成績がよかった訳ではないが、悪かった訳でもない。普通に生きてきたのだ。特に目標もなく、時代に流されるように生きてきた。


もう無理に努力しなくていいのだと思ってしまえば、人間はこうもあっさりと堕落していくのかと思うくらい、俺は平凡な人間になっていた。

だから、管理体制が杜撰な会社なんかに就職してしまうし、挙句の果て自殺を図ろうとしてしまった。



守形がいなければ俺はここにはいないし、また何かになろうと努力もしなかった。

俺は、色々なことから逃げてばかりだ。



「………俺は…っ…アイツらに、この世の人間じゃないって、バレるのが怖い……っ、まだ、ここに居たいんだ…」

『…大丈夫だよ…みんな空悟にぃのこと、受け入れてくれるよ…』


唇を噛み締め、ぐっと目の前が霞むのを堪える。先程噛み付かれた傷から、さらに血の味がした。


俺はまだ、正体を隠していたい。いつかバレてしまうと頭では分かっていても、まだ彼らとヒーローを目指す“コウコウセイ”でありたかった。


歩み外れた青春を、

掴み損ねた夢を…


ーーーもう一度、取り戻したい。





守形の言葉に何も返すことが出来ず、俺は重い足取りでその場を後にした。

不安げに揺れる守形に、俺はごめんなと眉を下げる。


「………切り替えないとな。レクリエーション、楽しむか」

『…うん』



ーーー父と母は、あの世界から俺がいなくなったことを知っているのだろうか。









mokuzi